1.5m
男目線
「××駅~××駅~この電車は終点・・」
はっとして目が覚めた。
××駅?マジかよ!!
終電に飛び乗ったまま、居眠りをして駅を2つほど飛び越えたようだった。
帰ったら1時超える・・・絶対やだ!!
慌てて閉まりかけのドアに手をかける。
はぁ・・
さすがに限界か?ここ数日泊り込みで仕事をしていた。
上司の説教にイラ立っていたせいもあって、‘風邪引いた’って言って来週いっぱい有給もらってやろうか?と、走りながら悶々と考えた。
角を曲がって、マンションが見えてくると不思議と気持ちが落ち着いてくる。
ふと思い浮かんだのは、ある女の子の笑顔だった。
「ま、いっか・・」我ながら単純だと思いながら、コンビニの明るい蛍光灯に、初めて会った日を思い出していた。
その日も同じように寝過ごして××駅で慌てて降りた帰りだった。
30分かけてとろとろと歩いてマンション手前の角を右に曲がる。
光に誘われる虫のように、夜食の調達にコンビニへ立ち寄る。
入ってすぐレジに目がいった。
「ですから・・その・・身分証を・・」
店員は困ったような顔で目の前の女の子に断りを入れていた。
眉間に皺を寄せていた女の子は無言で踵を返すと、俺の横を凛とした表情で立ち去った。
未成年・・?
でもこんな時間だし・・一瞬だけ職業病とも言える行動をとりそうになって、止めた。
俺はカゴを掴むと真っ直ぐガラスケースに向かった。
無骨にビールを6本突っ込んで、適当に弁当と乾物を入れてからレジへカゴを置く。
対応し始めた店員にタバコの番号を告げた。
なんで俺の銘柄はこの番号なんだろう・・最初知った時はびっくりした。
「えっと110・・110ばん・・うーん、と・・。」連呼するなよ!!イラつく。
言われた番号を数えるように探す姿は、疲れきっている体には多重ストレスだった。
もう、無理、限界!!
「あー、もう全部適当に入れていいから。オジサン、早くして!!あと、袋ちょうだい!」
ちょうどの金額を払った俺は、レジに集中している店員を尻目に、缶ビールを自ら袋詰めしてコンビニを出た。
本当に微かに店員の声が聞こえた気がして一度だけ振り返る。
「ありがとう~ございました~」
いいえ!!どういたしまして!
そう、叫びたいくらいだった。
ふぅ・・
新しい空気に当てられて少し冷静になると、八つ当たりして悪かったかな・・と少しだけ思った。
早くビールにありつきたいと思いながら、エントランスを足早に抜け、ボタンを押すとエレベーターが自分の部屋の階から降りてくる。
生活パターンが不規則なせいなのか、隣人はおろか同じマンションの住人に会うことすらザラだった。
空のエレベーターに乗り込んで、一人なのにクスっと笑ってしまった。
同じ階にもこんな時間に帰宅する人間がいるんだと思ったら、なんだか親近感がわいた気がしたのだ。
ようやく部屋へたどり着く。
真っ暗な玄関に投げ捨てるように靴を脱いで、部屋の電気を付ける。
ムワっとする空気に、イライラのピークが再びやってきた。
袋を持ったままベランダへ足早に出た。
缶ビールをひとつ取り出して、窓の淵において、タバコを探す。
いつもと違うふにゃりとした感覚が違和感を感じさせる。
見るとそれは白いパッケージのタバコだった。
「は?これ・・あー・・はぁ・・」
ため息と共にイライラは出て行った。
残ったのは呆れだった。
咄嗟に店員のトロい顔が浮かぶ。
「俺は黒マルって・・110・・あぁ・・」
自分が棚の置き場変更に気づかなかったのか?
いや・・もう!!いい!!これでいい!!
白いタバコの封を千切るように開けて1本取り出した。
淡い香りが鼻を掠めた。
ポケットからライターを取り出して早速火をつける。
大きく煙を吸うとフレーバーが一気に身体を駆け抜けるようだった。
「はぁ・・メンソールじゃないの久しぶりだな・・」
夏には似合わないバニラの甘ったるいタバコは、少しニガかった。
けれど、いつもより重くて、1本吸い終わるとなんとなく満足している自分がいた。
「疲れた・・」
俺は結局、誰に言うでもない独り言を吐きながら、もう一度、白いタバコに手を伸ばした。
「あれ?お前タバコ変えたの?マルボロだっただろ?」
「あぁ・・はい、ちょっと事情がありまして・・はは・・」
あれから何回かコンビニで出くわしたが、やはりあの店員のトロさは生まれつきなのだろうと思った。
俺にはヤツのことを説明することすら面倒くさかった。
「嗚呼、可哀相に・・そうか・・まぁ、大丈夫だ!まだ若いから!!」
は!?特に意味はねぇよ!!あの店員のせいだよ!!
あからさまに失恋かなにかを連想している上司に、心の中で悪態をつきながら、無理やり作った笑顔を返す。
結局あの日から俺はそのタバコを吸い続けている。
なんとなく、本当になんとなく気に入ってしまったのだ。
「あ、そうそう・・今日は早めに上がっていいから。」
「え?いいんですか??」
「今日の会議でもあったが・・例の件でこれから忙しくなるから、帰って来週に備えろ!」
「了解!お疲れ様でした。」
上司と同僚に挨拶を済ませて、いつもよりかなり早めに帰路につく。
狙っていた電車にすぐ乗れたことも相まって、俺は、今日は運がいいと勝手に思っていたんだ。
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