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  作者: 晴美
4/9

役割

思い出2

「ちーちゃん!?」隣人の声が耳元で聞こえた気がした。

真っ赤な月なんて見なきゃよかったと思った。



暗闇の中、私は一人で立ち尽くす。

一応に見回すが自分の存在以外何も感じない。


「自分の存在を分かっている?」 頭の中に声が響く。

-分かっているよ。私は存在価値のないモノ。価値を持たぬモノ。いや、価値を持ってはならぬモノ。


「そう、それでいい。」

-わざわざ言われなくてもわかってる。


「今の行動はあまり利口とは言えないよ。私の愛しい子。」

-分かっている。捕らえられたあの日に私はもう、私ではない。存在価値のない殺人人形となる。


すべては貴方の望むままに。


「チヒロ?」


目を開けると、眩しい光が鬱陶しかった。


上体を起こそうとしたが、身体に男の体重がかかっていた。


「私・・」


視線を迷わせる私の頬を男は震える手で掴む。


「ごめん、俺があんなにしなきゃ良かったんだ。チヒロごめん。」


男は顔から手を離すと、私の手首に残る跡をさするように触れてきた。


それをやんわりどけて布団の中へ腕を隠した。


「別に・・もう大丈夫。それより私どうなってたの?」


「その窓の所に倒れてたんだよ。外だったら死んでたかもしれないよ・・」


男の指差すのは、ベランダに続く大きな窓だった。


隣人はどうしたのだろうか?私の記憶が正しければ倒れたのはベランダだ。


「仕事は?」


いろいろと確かめたいことがあった。

男には早く居なくなって欲しかった。


「心配しないで、午前半休にしたんだ。」

-嗚呼、鬱陶しい。そんな顔しても貴方には何も感じない。


「わざわざありがとう。私もう少し寝るね。」

わざと男に背を向けたのに、男は安堵したようにため息をついて私の頭をなでた。

-私にこれ以上触らないで。殺しちゃうよ


それから少しして男は心配しながらも仕事へ出かけていった。


施錠と共に私は起き上がる。


すぐに自分の衣服に驚いた。


見慣れない薄緑色の大きなニットのカーディガンに男物の靴下。

昨晩の隣人の服だ。


慌ててベランダに飛び出る。


当然いるはずもないのだけれど、ため息が漏れた。


寒空の下、閉じられた窓とカーテンが寒さを助長させた。


「さむ・・」


両手を口元に寄せて、しばらくの間隣人の香りのするニットに包まれていた。


バニラの匂いがするそれは、隣人そのものだった。


何かを期待するようにもう一度だけ隣人のベランダを覗いて、ちょっとだけ柵にもたれた。窓は閉じられたままだった。


鳥が何羽飛んで行ったのだろう。


寒さにも慣れてしまって、暮れ始めた太陽を見送るような気持ちで見ていた。


「私も、去らないといけないんだった。」

同情するように太陽に向かって呟くと、再び視線を隣人のベランダへ向ける。



1.5m。



隣人のベランダとの距離はわりと近い。


しかし、ここは5F。


移るにはきっと勇気がいる。


けれど、私が倒れた時、確実に彼はこっちへ来てくれた。


口元へ両手を寄せた後、身を包む隣人のニットをそっと脱いだ。


用意していた袋へツナ缶とそれを入れて、隣人のベランダへ向かって投げた。


ボスっと鈍い音がして、無事に着地したのを確認し、踵を返す。


しかし、足が動くのを止めた。


足元に落ちている銀色。


あの時、弧を描くように飛んできたのは銀色のZIPPO。


しゃがみこんで左手で拾うと、すぐにそれを抱きしめるように両手で包んだ。


「さよなら、おにいさん」


私はその後、すぐに鞄を持ってその部屋を開けっ放しで飛び出した。


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