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鳩姫戦記  作者: 樹音
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其の五 頭領、追慕

随分とご無沙汰してしまいました

理冬視点に戻ります

いつもなら足取りも軽く帰る本部への道のり。けれども今は、頭を満たす疑問がどうにも足を重くする。

「ねぇ、これでよかったのかな…」

やたらと密度の濃い任務だった。言葉を話す妖に、西陣頭領に…わからない事が山積みだ。

「…?…何がだ?」

「あの妖、言葉を喋って…しかも、感情もあるみたいだった。人と似たようなものなのに…」

最後まで言わずとも、梅乃はあたしが何を言いたいのか分かってくれたみたいだった。

「人と似たようなものだというなら、尚更これでよかったのだろう。自然の摂理に反した生をずるずると引き延ばすことはあの妖にとっても良くない」

「………」

「さっさと負の氣粒を祓って次の命に繋げてやることが妖の為にもなる筈だ、そうだろう?」

「でも…」

「私達は妖を殺しているのではない。救う手助けをしているんだ。団に入って一番最初に習うことだぞ」

言外にたしなめられているのを感じ、あたしは開きかけた口を閉じた。

もしこれから先にもあのような人間に近い妖と戦うことがあるとしたら、ほんの少しの躊躇いが命取りになる。梅乃はそれを心配してくれているんだ。

「…ん、そうだよね。ごめん。」

「いや、誰もが一度は思うことだ。気にするな………それより」

そこで唐突に梅乃は目を輝かせた。

「西陣頭領だ!西陣頭領が生きていらっしゃるかもしれないんだ!こんな嬉しいことがあるか!!」

近年稀に見るという程の興奮っぷりで話す梅乃。

あたしがシリアスな話題を出したから我慢してたんだろうけど、梅乃は喜びを表したくてしょうがなかったようだ。

…そうだよね。梅乃、西陣頭領のこと大好きだったもんね。

あたしは、西陣頭領を失って悲嘆に暮れていた一時期前の梅乃を思い出した。もう二度と、あんな風になった梅乃を見るのはごめんだ。


西陣頭領は、あたしと梅乃の頭領だった。

あたしと梅乃に今日の任務を割り当てたのは双充郎父さんで(救援要請を出したのが梅乃だとあたしに伝えなかったのはあたしが冷静さを欠くと予測してのことだろう…結果その通りになったけど)、つまり実質今笠掛小隊と杜山小隊を管理しているのは双充郎父さんだ。けれど、ついこの間まで、その役目は西陣頭領のものだった。

素晴らしい頭領だった。うちの父さんと張れるくらいに皆に慕われていた。

父さんは意外と茶目っ気があって気さくなところが隊士達に人気だけど、西陣頭領はその温厚篤実な人柄で誰にでも好かれている。あたしと梅乃はそんな西陣頭領のもとで見習いの時代から働いてきた。

西陣頭領は、誰にでも、どんな時でも、丁寧で優しく話してくれる。だからあたしたちは下っ端の頃から安心して頭領にくっついていられたし、もっと頭領の近くにいるために兵長を目指した。

あたしも西陣頭領が大好きだけど、梅乃はそのさらに上を行っていた。歳の差はあるから恋情ではないのだろうけれど、それに限りなく近い程に西陣頭領を慕っていた。

主にあたしが主犯で悪戯を仕掛けたり(寝顔とか撮って遊んでた時は流石にやんわり注意されたっけ。反省はしてるけど後悔はしてない!)、時には頭領とその下につく兵長格の皆とでご飯を食べに行ったり。平和な日々は、それは幸せだったものだ。

そんな、ある日。

梅乃と西陣頭領はペアで任務に出掛けて行った。

あたしは浮かれる梅乃に苦笑いをして、何の不安もなく二人を送り出した。

数刻して、帰ってこない。

夜になって、まだ帰ってこない。

次の日の朝、帰ってきたのは、梅乃だけだった。


憔悴しきって震える梅乃に何が起こったか問い質すのには、少し時間が必要だった。充分に時間をかけても、どうやら梅乃の目の前で西陣頭領に何かあったらしい、という事しか聞くことは出来なかった。それほど、梅乃は傷ついていた。

「西陣頭領……妖……呑まれ…消えて………!!」

途切れ途切れの言葉から推測するに、西陣頭領は妖のあの暗幕を被ったような身体の裾から呑み込まれて、救出しようとした梅乃の前で妖怪と共に忽然と消えてしまった、とそういうことらしい。

妖は正の氣粒を喰らう。

ここ百年は、妖の活動が不気味な程に沈静化していたためか、被害に遭う人は居なかったが…幼いころ見せてもらった資料によると、その補食の方法は、梅乃が見たものと同じであるようだった。

ただ、一つ違和感。

妖は、補食を終えると正の氣粒を吸い付くした身体は置き去りにしていくらしいのだ。

西陣頭領は、連れて行かれてしまった。頭領の亡骸を、まだあたしたちは見ていない。

まだ、希望はある。

自分のせいだと頭を抱えて蹲る梅乃をそういって立ち上がらせて。自分も本当は細い切れそうな糸に縋るような気持ちなのに。

そうして、危うい均衡を保ちながらあたしたちはあの日からの時間を過ごしてきた。


「生きていらっしゃるかもしれない、ではない!必ずや生きて帰ってきてくださるに違いないじゃないか!」

目を爛々と光らせて早口で主張する梅乃に、あたしは嬉しいことには嬉しいけどすこし心配になる。

『…ニシジン、ドノガ、オマチダ…』

あの言葉だけじゃ西陣頭領が無事だなんて断定できない。ニシジンドノ、というのが西陣頭領だろうというのは妖も否定しなかったから多分確かだけど、お待ちだ、ということは敵の手に落ちた可能性が高いだろうし、安心できる状況じゃない。

ぬか喜びをして、もし、もしものことがあったら、今度こそ梅乃は…

「やっと…やっとなんだ…!西陣頭領は亡くなったんだと言う輩に反論してやれる!!」

でも、喜びを通り越して痛切な心の叫びを露にする梅乃にそんな酷なことは言えなかった。


「…ほら、朗報もあるんだし、早く帰って父さんに報告しなきゃ。きっと心配してるよ」

“正卍帝都衛団本部”と毛筆で書かれた木の板が取り付けられた正門を、あたしと梅乃、そして隊士達は全員揃って潜り抜けた。

お久しぶりです。今回はキリのいいところまでと思ったらすこし短めになりました。

随分と間が空いてしまって申し訳ないです(毎回書いてる気がする…)

そして、これから暫くかなり更新停滞気味になってしまうと思います。理由は、文章のストック作りの為と、性懲りもなく新しい短編集を作り始めてしまった為です。

ストックが幾つかできた暁には更新頻度を上げられることと思いますので気が向いたら見に来てくだされば幸いです。

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