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妄想半島

作者: ピックマン

第一章 妄想半島・・・僕


単調なリズムを繰り返す波の音に耳を傾け、海風が運んでくる潮の香りを全身で感じながら僕は、夜の浜辺に立っている。

空には無数の星達が時間の長いトンネルをくぐり抜け輝き、個々の主張を僕に訴えかけてくる。

きっと人類なんてちっぽけな存在なんだと思う。その一方で何故かテレビで見た“水川キヨシのコンサート”で一心不乱にペンライトを振りまわすオバチャン達を思い出してはニヤニヤしていた


すると突然、男が現れて・・・

『俺の名前は、キミヒト。俺はお前の一部であり、他人から見たお前の一部でもある』

聞いてもいないのに意味不明な自己紹介をしたかと思うと勝手に話し始める。


『この海の向こう側には、お前らの世界がある。今迄、いろんなヤツらがここにやって来ては帰っていったなぁ。俺は“向こうの世界”には帰らず、ここの住人となってしまったが・・・・。お前らの好きな“ブーテンの虎さん”もマンジュウをみやげに良くここに来ては、俺と一晩中語り合った。』


僕は、キミヒトに問いかけてみる。

『ここは、いったい何処なんだ』


沈黙が波の音と重なり合う。


ギャハハ~

キミヒトは、あざけ笑いながら口をひらく


『ここは、お前らのパラドックス(矛盾や逆説的な結果)が生み出した妄想半島だよ。現実と妄想世界の入り口に位置する。』

・・・・・・

パラドックスが生み出す世界?


『お前の住むヤポーンは、資本主義と自由経済という名のシステムに魂を捧げた奴隷の国だな。昔は確かに思想や信念、哲学がそのシステムを動かしていた。今はどうだ?お前らは、そのシステムの一部に過ぎない。そこには、思想も信念も、覚悟さえない。そんな世界のパラドックスはウィルスのように繁殖してストレスを生み出していく。だから妄想半島は、あるってわけさ』


なるほど僕の一部であり、他人からみた僕の一部である“キミヒト”も、僕の中にひそむパラドックスが生み出した偶像ということか。

それにしても僕から生み出されたわりには、ナマイキな口をきくヤツだ。

まぁ自分に腹を立てるようなものだけど


きっと自分と向き合うには、最適な場所なのかも知れない。


気がつくと、確かにいたはずのキミヒトはいない。

残像だけがそこに微かに焼きついていた。


妄想半島(続編)


僕は、“現実の世界”にいる。

キミヒトの言葉を繰り返してみる。

“システムの一部になった僕”・・・。確かにそうかも知れない。きっと僕もパラドックスという名のウィルスに侵された一人に過ぎない。なにもかも放棄したい僕と違うと思う僕。常に矛盾をはらんだバランスで成り立っているのだから・・・・。きっとキミヒトは妄想半島の住人にならざる得なかったんだ。何故なら彼は僕自身であり、僕の心の世界のバランスをとるために僕自身が生み出しのだから。そういう意味では僕が生きるための人質みたいなものだな。ヤツの生意気さも、虎さんと語り明かしたと嘘ぶくヤツも許してやるべきなんだ。ヤツの(僕自身の)バランスをとるために・・・。またキミヒトに逢いに行こう。ヤツが僕を待っているかぎり。


第ニ章 伝説の湖・・・マスター


とある日未明、国道〇号線を南下中、いくつかのトンネルを抜け、左右のヘアピンを慎重にクリアしていく。 重厚なエンジン音が悲鳴をあげながら漆黒しっこくの闇を追い越していく。ドカティ750CC・・“ジャッカル”(フォーサイスの小説に出てくる神出鬼没なスナイパー、僕の単車の愛称)。

どうしても確かめたかったんだ。歳老いた竜が人間の少女に恋をした伝説がねむる湖を・・・

森や風の息吹を感じながら“ジャッカル”と一体になる瞬間。命を刈り取りながら数秒先との勝負が僕の第六感を研ぎ澄ましていく。多分、理屈じゃないんだ生きてるってことは・・・。簡単なことなのかも知れない。考え過ぎてただけなのか?“ジャッカル”が僕にそう叫んでる。

意味なんてない・・・ただその伝説の湖を心に焼き付けたかっただけなのだから。僕は、確かにここにいる。天の星達をしたがえ、この瞬間を味方につけてフルスロットル全開。

新しい一日が始まる前には、辿り着けるさ。僕が生きてさえいれば・・・。そしたらまた「次のゴール」を探せばいい。


伝説の湖(続編)


歳老いた竜は、その湖で生まれた。多分、人生の幕引きもここで迎えるだろう。彼にとって“湖”は世界でもあり、全てを司る源でもある。老いていく自分を感じながら生きることの意味と時間の流れを天秤にかけていた。

・・・・・

きっと孤独だったのかも知れない。たった一人湖で生きて来た“歳老いた竜”。

ある朝、湖の辺で“オカリナを奏でる少女”と出会う。言葉なんていらない。自分に染み込むように入り込んでくる音色が全てだから・・・。触れられるものが本物だとは限らない。きっと彼は、そう感じたんだ。

でも二人が結ばれることはなかった。理由はわからない。“竜と人間の禁断の恋”だからなのか?


山間から顔を見せはじめた太陽は、徐々に夜を侵食して湖面を照らし、新しい一日の始まりを告げようとしている。

反射する太陽の光を浴びながら耳を澄ませてみる。僕は、確かに自然が奏でるオカリナの音色を感じることができる。


なぜ二人は、結ばれなかったのだろう大事なポイントが欠落している伝説の湖。僕が感じることができた“オカリナの音色”が答えなのかも知れない。


自然に任せただけなんだ。ただそれだけ・・・

きっと答えなんかないんだ。

さぁ~て

帰るか「ジャッカル」。


第三章 Bar “Moon&Sixpence”・・・キミヒト


人々でにぎわうメイン通りを背に狭い路地を入っていくと

静寂が序々に僕を包み込んで行く。

人々の雑踏や欲望のざわめきは、遠くで鳴り響く祭り太鼓のように単調なリズムへと変わり、僕の鼓動と重なり合う。

少し歩調をゆるめて、とある雑居ビルの地下へとつづく階段を降りていくとそのバーはある。


“月と六ペンス”


僕が僕であるために必要な場所。

そっとドアを開けるとマスターが笑顔で迎えてくれる。


木目調で統一された店内。L字型のカウンターの一番奥のスツールが僕の定位置だ。

その日はたまたま大柄な外国人の男がそこに座って飲んでいた。

僕は、マスターに軽く微笑むと手前のスツールに腰をかける。

イギリスのビィクトリア王朝時代を思わせる手のこんだしぼりがほどこされたアンティークなキャビネットには、マスターこだわりのお酒がところ狭しと並んでいる。

カウンターを背にした壁には、何故かサングラスをかけた松田Y作のモノクロのポスターが飾られていて、僕らに睨みをきかせている。自分の死期が近いことを知りながらアベリカのハリブットで映画撮影に望んだヤポーンのムービースター。Y作に見られている緊張感からか、この店で悪酔いしたことは一度もない。


『マスターいつものヤツね』

マスターは、軽くうなずくと手際よくグラスにスミノフのウォッカとトニックウォータを注ぎライムを浮かべて炭酸が飛ばないように軽くステアして僕に差し出してくれた。

『おつかれ』

僕は言葉少なにグラスを掲げてみせる。


ALL OF ME

スタンダードジャズのナンバーが心地よく空間に溶け込んでいく。


今日一日を振り返りながら、僕自身をすこしづつ飲みほしていく。


突然、大柄な外国人の男が、『オレ達ロジア人は、ウォッカをストレートでノム。ナニカでワレば、それはもはやウォッカではないな』と声をかけてきた。

僕を黙ってウォッカトニックを口に含み、タバコに火をつける。

彼は、つづける。

『オレを、ムシするのはオマエのカッテだが。シュギシュチョウのないヤポーン人は、どんなにケイザイタイコクになってもコクサイシャカイではミトメられない』


『オマエらのナショナリズムをかけてオレとウォッカでショウブしろ、オマエにそのユウキがるか?』


ナショナリズムか、僕にはそんなものはなかったけど無視してケンカになるのも面倒だし、暴れられても困るしね。もっともヤツは、大分酔ってるみたいだからこの勝負、勝算ありだな。

僕には、Y作もついている。

『受けてたつよ』

ルールは、僕が決めた。

キーワードは、‘ペレストロイカ’(ロジア人である彼に、敬意を表して)。

お互い注がれたウォッカを、一揆に飲みほして、キーワードである‘ペレストロイカ’をコールする。酔ってロレツがまわらなくなり、噛んだら負け。負けた方が、今日の飲み代を払うということで決定。


マスターが、黙ってスピリタスウォッカ(アルコール度数96%)を差し出してくる。

まず僕が、ワンショットグラスを一揆に飲みほす。脳の中を異物でかき回された感覚に思わずむせ返る。

『ペレストロイカ』

次は、ヤツ。

挑むような視線を僕に投げかけながらコールする。

『ペレストロイカ』

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

10数杯飲んだだろうか?

僕は、自分自身を吐きだしそうになり思わず留まる。昔、付き合っていた女の子が僕に手招きする。『こっちへいらっしゃい。いいことしてあげるから』・・・・。

『ペレストロイカ』

ちゃんと言えるさ。過去に戻るわけには行かない。自分との勝負に負けるわけにはいかないから。

次は、ヤツの番だ。

うつろな瞳で僕を見ると・・・・・。

『ペロペロスイカ』

ペロペロスイカ・・・・・・。

僕の勝ちだな。


涙目になったヤツは一言。

『彼とオレにウォッカトニックを』


二人で、いやマスターも含めて三人で大笑いした。


ヤツは、『ハラショウ。ヤマトダマシイはホンモノだな。ナショナリズムにカンパイだよ』

僕は思う。大和魂?違うよY作魂だな。でもヤツには、言わないでおこう。

僕らは、いろんな話をした。

『‘ペレストロイカ’を推奨したゴルブチョフは、政治家としてではなく、革命家として評価されるべきだな』というとヤツは、『ヤポーンのサクラは、スバラシイ』と誉めてくれた。


『ロシアの詩人‘ブリコフ’の抒情詩を読んで泣いた』と言ったら、

ヤツは、嬉しそうに笑い。

『カンジョウユタカなのは、オレタチのキシツだ』と頬をゆるめた。


『トコロで、オマエのナマエは?』

『キミヒトだよ』


妄想半島にあるバー‘ 月と六ペンス’での出来事。


第四章 キミヒト・・・僕

キミヒトに逢わなければならないと思う。

自分で自分がコントロールできない毎日。

溢れ出る時間の流れにあがらうことはできないから僕は、自分の無力さをただ自分の中に貯め込んでいく。

突然老婆が現れては、僕に語りかけてくる。

『時間の泉は、この世界の全てを司る。だから今を大切に生きて欲しい』

溢れでる時間の泉を止めることはできないけれど。僕が僕らしく生きていける時間を

探さなくてはいけない。

僕は、老婆に語りかける。

『大丈夫。ちゃんとわかってるから・・・。』

キミヒトに最初にあった夜。

僕は、浜辺にひとりたたずみ、星々をながめていた。

そこにある星々の命を掴み取りながら、僕は自分の存在の小ささを確信する。

キミヒトは、僕にこう言った。

『オレは、オマエの一部であり、他人から見たお前の一部でもある

妄想半島は、現実世界に蔓延るパラドクスが生み出したウィルスが繁殖してできた

ストレスからなるパラレルワールドなんだと。』



僕は、大切な何かを失くしてしまった。


僕は、老婆に語りかける。

『僕は、溢れる泉の中の流れを止めることができない。僕は、どうすればいいのか』


老婆は、やさしく微笑む。

『キミヒトは、今のお前には逢わない。結局、お前にとって大切な何かなんてなかったんだ。覚悟のない世界でとやかく言うのは、自分に負けたヤツが言うことさぁ。何故なら、キミヒト自身がお前の精神世界のバランスをとる為に生まれてきた偶像だから、現実の世界でお前が生きてこそはじめてキミヒトの存在価値があるのだから。キミヒトに逢うのはいいが、そこに逃げてはいけないよ』


僕の瞳から、自然に涙が溢れて来る。

ただ泣けてくるんだ。



意味なんてない

覚悟のない世界・・・。

キミヒトは、現れないだろう。

老婆が言うように、僕は妄想半島に留まるつもりだったのかも知れない。

そんな僕をキミヒトは許さないから。


帰らなくてはいけないんだ。

何があろうと・・・。

キミヒトに逢いたい。

でも僕は、帰るよ。

現実の世界に・・・・・・・・。


何故か涙が止まらない。

振り返ってみる

僕にやさしく語りかけてくれた老婆は、もういない。


いつかキミヒトと語り合いたい

『月と六ペンス』で・・・・。


第五章 Bar“Moon&Sixpence”sceneⅡ・・・マスター


妄想半島の海岸線をなぞるように走る国道○号線。

僕は、ジャッカル(ドカティ750cc:僕の単車の愛称)に身をゆだねる。

彼の呼吸に合わせるようにクラッチを切りギアを入れ替えると、

一瞬ジャッカルの車体が沈み込み、獲物を狙う姿勢をとりながら低いうなり声をあげ目の前の景色を切り取って行く。


『ロング・トレイン・ランニング』

ドゥービーブラザーズのナンバー。

トム・ジョンストンの軽快なギターリフがジャッカルの振動と重なり合う。

何も考えるな。

カラダで感じるんだ。

命を刈り取りながらジャッカルと一体となる瞬間、

生きてることの意味を全身で感じることができる。

理屈じゃないんだ。

僕は、確かにここにいる。


潮の香りを背中に浴びながら緩やかなスロープを少し走ったところに

その公園はある。


深夜2時

妄想半島を一望できるこの公園の駐車場にジャッカルを止める。

呼吸を整えるジャッカルに『しばらくの休息だな』

と声をかけ、ヘルメットを置いて歩き始める。

ベンチにいるカップルが僕の足音に気づいてこちらを見るけど、

すぐに何か耳元で囁き合い、クスクスと笑って二人の世界へと舞い戻っていく。


長い時間のトンネルをくぐり抜け輝く星々の光、人々の欲望があふれる妄想半島の明かりの群れ、国道を行き交う車のテールランプやヘッドライト、点滅を繰り返す灯台のしるし、

海面を照らし出す月のあかり。

各々の主張を受け止めながら僕は、この場所にいる。


耳をすませてみる。

かすかに波の音が聞こえる。


波の音が聞こえるホテルのバルコニーに僕らはいる。

ワイングラスにドン・カミッロ(イタリアワイン)をそそぐと彼女は、僕の瞳をしっかりと見つめながら『両親に会って欲しいの』と言った。

彼女は、短大だったので僕よりも早く社会に出て、ある建設会社で事務の仕事をしている。

僕は、この夏に就活を終え来年の春から小さな出版社で働くことになっている。


この旅行は、彼女の発案だった。

僕の就職が内定したら二人で海を見に行こうと。

そのために去年から銀行に口座をつくり、二人で積み立てをしてきた。

彼女の両親は、北海道の札幌にいる。

彼女の気持ちは、わかっていたんだ。

でも僕には、自信がなかった。

一方で、無限の可能性にチャレンジしたいという自分がいて結婚するという意味を実感できないでいた。ふたつの思いの狭間で僕は、揺れていたんだ。


僕は、黙っていた。


彼女は、少し口元をゆるめ

『内定おめでとう』と言った。


その旅行から3ヶ月後、僕らは別れた。

彼女は、一言。

『私は、小さな幸せを大事にしたいの。ただそれだけよ』


別れてから一年後に、人づてに彼女が同じ会社の人と結婚したことを聞いた。


耳をすませてみる。

波の音が聞こえる。


あの頃は、いつか自分の気持ちに答えがでると思っていた。

若いということに逃げていただけなのかも知れない。


あれから何十年という月日が経ったけど

未だに答えがでないでいる。


人生なんてわからない。

僕は今、妄想半島でバーをやっている。

“MOON&SIXPENCE”

サマセット・モームの小説タイトルからとった店の名前。

画家ゴーギャンの生涯をモチーフに書いたといわれているこの小説。

株の仲介で財と名誉を築いた主人公が、全てを捨てタヒチに移り住み画家となった。

月は、夢を意味して

六ペンスは、現実の俗世間を意味する。


僕も現実の世界で葛藤しながら、この妄想半島にやって来たのだから。

悪くない店の名前かも知れないな。


ただひとつだけ言えることがある。

妄想半島の住人となった僕は、

店にやってくる人を現実の世界へといざなう役目を引き受けよう。


さぁ~て、

帰るかジャッカル。















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