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第1話 「久しぶり」

この物語は残酷な描写がありますのでご注意ください。話は一応オチまで決まっているのですが、更新は不定期となりますのでご了承下さい。

 吐く息は、白かった。風に当たる頬は、痛かった。空は、一定の距離をおいてぽつんと立つ街灯以外、自分の姿を照らすのを許さなかった。

 学校に遅く残り過ぎたかなと、雁ケ咲(かりがざき)高校の1年生である不破世志子(ふわよしこ)は後悔した。


 放課後に、屋上手前の踊り場で1人読書を楽しむのが彼女の楽しみであった。

 今日読んだ本は、家近くにある図書館の、お気に入りの司書さんが勧めてくれたもので、なかなか読みごたえのあるものであった。

 要約すると、ある日、学校の生徒の1人が殺されてしまう。その後、殺された生徒のクラスメイト達が次々と、体の「一部」を残して行方不明となってしまうという話。主人公である弱気な男の子は、次は自分が消えてしまうのだろうかと恐れながら、謎を解こうと必死に頑張っていくストーリーだ。


 勧められた時は、残虐性の強い話は苦手であったので、恐る恐る読み始めていた。次第に主人公に好感、いや共感を抱くなるようになると、読む速さが格段に遅くなった。興味が沸くもの程、じっくりと何回も同じ部分を読んでしまう。今日は全六章のうち、三章目から読み始め、何度もページをめくっては戻していった。あっという間に時間は過ぎていく。

 そしてなんか辺りが暗いなと思い、ふと顔を上げると。学校の窓はコバルトブルーに染まっていた。世志子の顔も窓と同じ色になり、慌てて帰る支度をし、階段を駆け下りていき、外へと飛び出した。

 

 「恐怖」を本や映画等、仮想の物では見てみたいという欲求と同じぐらい、現実では一生「恐怖」な物とは遭遇したくないという思いが強かった。特に最近、県外ではあるものの、夜中に女子大生が殺害される事件が起きた。と、いう事件を知っているだけで、闇に殆ど(ほとん)包まれた帰り道を歩むことでさえ胸が高鳴り、手足が震えてしまう。


 とにかく、早く家に帰らなければと世志子は歩幅を段々と大きくして歩いた。黒い、2つのおさげが上下に大きく揺れる。お気に入りの赤の縁眼鏡はところどころ白く染まっていたが、気にしている余裕は無かった。家までは、あと少しの距離へと近づいている。

 視線の先にまた1つ、街灯が立っている。本当なら、周りの様子を確認するために街灯に駆け寄りたいのだが、足が自然と動きを止めた。


 街灯に、人が居る。それも、2人。1人はブロック塀に背中を預けて、地面に座っている。大きな体格からして、男性のようだ。もう1人は、その男性を見下ろす形で身動き1つせず、立っていた。背恰好からして、男子中学生のようだ。あの制服には見覚えがある。隣町の、確か松中学校の生徒ではないだろうか。

「どうして…あんなところで」


 組合せからすると、ちょっと不思議な2人である。もしかして、男性は急に体調が悪くなって座り込んでしまって、それを偶然見かけた男子中学生がどうしようかと呆然としているのかもしれない。それならば、自分も助けに入った方が良いだろうと再び足を一歩前へと踏み出した時。


 世志子の両目が、大きく開いた。


 中学生の右手が、何かを握っていた。視線をやや下げると、男性の周りに、水たまりが出来ている。よく見ると、紅の色をしていた。水たまりは、泉のように溢れ出し、男性の服を一色に染めあげていく。

「あ…ああ…」

 嫌な予感が、頭を埋め尽くしていく。彼女の靴が、じりっと音を立てて後ろへ下がった。


 男子中学生の、右手が上げられていく。街灯の光で握っている物が鎌の様な物だと分かる。鎌の矛先が、男性の頭に向けられていた。

 次に起こることなど、誰もが想像できるだろう。

 そんなことなんて。そんなことなんて…!


「嫌だ!!」


 勝手に口が開く。勿論、男子中学生に向けた叫びであった。恐怖でたまらない、今にも涙で溢れそうになるものの、男性が予想通りの結末を迎える事など、許せないという思いが勝った。

 「殺人」など、空想の世界で十分だ。

 鎌を握る手の動きが止まる。中学生が、世志子の方へと顔を向けてきた。

 二つの眼が、お互い重なる。相手は、ただ目を開き、ただ口を閉じていた。無表情が、尚更不気味さを駆り立てている。反対に世志子は、口元あたりと、眉の筋肉を精一杯使っていた。大方、相手には怒りの表情と見てとれるだろう。

(怖い。助けて!)

 心の中では、そう叫び続けているのに。体は震え続け、汗で服が張り付いているというのに。世志子は彼に向ける顔を、少しも動かさなかった。

 

 しばらくの静寂が続いた後、中学生の顔が変化した。

 目は瞬きせず開けたまま。口が、にやりと歪む。やや低い声が、軽快なリズムで流れていった。


「いやあ~、久しぶりだね~~。元気ぃ?」


 同時に、鎌が振り下ろされた。果実が無理矢理割らされるような、聞きたくもない音が。空に、また世志子の耳の中で響いた。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。


「嫌だ!嫌だー!」


 耳を塞ぐも、目を閉じるも、声を大きく張り上げても。残酷な光景は、彼女の頭の中ではっきりと映し出されていく。やがて、狂った笑い声が映像と共に流れ始めた。


 世志子の、限界まで保っていた抵抗が崩れていき、体中の力が抜けていく。

 


 やがて、彼女の目の前と思考が、真っ暗となった。




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