三
翌朝、開店前にも関わらずサニーサイドは大勢の来客で溢れていた。勿論ただのお客ではない。毎朝放送と書かれた腕章のテレビのスタッフが数人と、どんぐりのような坊主頭の若手お笑い芸人が店の中で厳ちゃんと打ち合わせをしている。カウンターの中では明恵が緊張した面持ちで人数分のコーヒーを入れたり、朝の仕込みをしたりと忙しくしていた。
明恵の目つきはまるで親の敵でも見るような空恐ろしい事になっている。どうやら極力テレビクルーの方を見ないようにしていると、緊張のあまりそんな様子になってしまうようだ。
厳ちゃんは店の片隅で進行役のタレントと打ち合わせをしている。坊主頭の甲高い声の芸人は早朝と言うのにも関わらず、やたらテンションが高い。厳ちゃんはどぎまぎしながら頷くばかりである。
「……という訳でぇ、撮影の段取りはまあだいたいこんなところですわ」
若手お笑い芸人の河内家童弥は軽い口調でそう言う。
「は、はあ。えらい簡単ですなぁ。こんな簡単な事で大丈夫なんですか?」
厳ちゃんは目の前に置かれた薄っぺらい進行表と童弥の顔を見比べる。
「だ~いじょうぶ、大丈夫。うちの番組は素人さんの予測不可能な言動を売りにしてるんでっさかい、何が起きても全部エエネタですわ。僕がおばあちゃん達とお話出来たら、それでエエんです。……で、当のオネエサマ方はまだですか?」
「は、はあ。もう来ますわ。昨夜は張り切ってましたけど、テレビの撮影っちゅうのも忘れてるかもしれませんわ。もう歳でっさかいな。都合悪なると、よう忘れはりますねん」
厳ちゃんはまだ撮影が始まっていないというのに、既に額には玉のような汗が浮かんでいる。あのじゃじゃ馬ばあさん達が何を言うかと思うと気が気ではないのだが、テレビクルーにはそれを期待されているのだから始末が悪い。
窓の外にえっちらおっちら歩いてくる二人の姿が見えた。
「アレでっか?」
童弥は厳ちゃんに聞く。
「え?あ、はい。そうですわ」
「あ、来られたみたいですわ。じゃ、早速カメラ回しましょか」
どうやら二人の出勤から撮影するらしい。
そうとは知らずに静子と笑子が店の扉を開けて入ってきた。白いライトとカメラの姿に一瞬びっくりして立ちつくした。
「おはようございますぅ。タウンスクープの河内家童弥ですぅ!」
童弥がいきなり素っ頓狂な声を張り上げる。
「今日は猫間川商店街のメイド喫茶、サニーサイドのメイドさんの特集ですぅ」
そして、マイクをぬっと二人の方へと向けた。
「はい。このお二人が噂のメイドさん! うわあ、お美しいですね~。可愛らしいですね~。古いですね~。でも、ちょおおおおっと、怖いですね~!」
「怖いてなんや、怖いて」
静子が口をとがらせた。
「わあああ、とがらせた唇が梅干しみたいで愛らしいですねぇええ」
童弥の失礼な、しかし的を得たコメントに思わずカウンターの明恵が噴き出した。
「なんや知らんけど、始まってしもうたわ」
厳ちゃんはこそっとカウンターの中に入り、明恵の隣に立ってはらはらしながら撮影を見守る。
「うちの店、やっぱりメイド喫茶になったんか? 気持ちは純喫茶やねんけどなあ」
「メイドちゃいます。冥土です」
「景気がエエのか悪いのかわからんな、その名前。……商売繁盛はええんやけど、なんか間違うとるような気がしてしゃあないわ……」
「……しゃあないですわ、な」
厳ちゃんは情けなさそうな顔で明恵を見る。明恵も同じような顔で夫を見返した。
途方に暮れる夫婦をよそに、撮影は順調に進んでいく。最初は緊張気味だった静子もすぐにいつもの迷調子を取り戻し、
「そらあんさん、酒でも漬物でもうなぎやのたれでも、古い方が美味いんやさかい。女も古い方が味わいあるで」
と、いつもの持論を童弥にかましている。童弥はにやにやしながらそれに応じる。
「さよか? 一回味見させてもらわなあきまへんな。しゃあけど、腹壊しまへんか?」
「あんさん、失礼なこと言いなはんな。少々ひからびてるけど、まだまだ行けまっせ」
「少々か~? かなり干物……いやいや」
きわどい冗談を物おじせずポンポンとぶつける事が出来るのは、さすがお笑い芸人だ。同じ事をもし厳ちゃんが面と向かって静子に言おうものなら、間違いなくどやされている。
童弥と静子の掛け合いに笑子は妙なテンションの高さでけらけらと笑い転げている。
一時間近くも三人で大騒ぎした後、ようやく撮影は終了した。
「いやあ、静ちゃん! エミリー! ほんま楽しかったですわ。どうもおおきに、ありがとうございました」
「もう終わりでっか? あんさんら、なんやったら今からモーニングでも食べていかはったらどないや? なあ厳ちゃん?」
静子の提案に厳ちゃんは慌てる。もう少ししたらいつもの常連客が訪れる時間だ。
「いやいや、残念ながら、今日はまだこれから次の取材がありますねん。またゆっくり来させてもらいますわ」
童弥はニコニコしながら静子と笑子のしわくちゃの手を握る。
「おばあちゃんら、元気でおってや! 放送は来週になるけど、来週まで生きてなあかんで」
「おっしゃおっしゃ。来週くらいならまだ生きてるやもしれんから、がんばってみるわ」
「……うち、寝てるかもしれんわ。八時より遅うまで起きてられへん」
笑子が不安そうに静子に耳打ちする。静子はうんうんと頷きながら笑子の肩をポンポンと叩く。
「厳ちゃんがビデオ撮ってくれるから大丈夫や。なあ、厳ちゃん? ほんならここで上映会でもしょうか」
「せや、それがエエわ」
笑子は嬉しそうにうんうんと頷く。
「勝手に決めてくれるな……」
と、厳ちゃんが小声で呟いた。もっとも二人の耳にはちっとも届いていなかったが……。
<続く>




