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 サニーサイドの閉店時間は早い。夕方六時には早々に店を閉める準備にかかる。厳ちゃんが一人でやっている時は、だらだらと八時過ぎまで開いている事もあったが、事実上の開店休業状態で、客は滅多にこなかった。しかし、今や行列のできる冥土喫茶である。六時には閉めないと、次の日の仕込みやなんやかやが間に合わないのである。それに看板メイドの二人が高齢のため、これ以上働かせてぽっくり逝ってしまったらえらいこっちゃ、という茜と明恵の配慮もあった。

「あ~、今日も一日よう働いた」

 静子は腰をとんとんと拳で叩きながら椅子に座る。笑子もエプロンを外しながら前の席に座った。

「ほんまやなぁ。せやけどな、静ちゃん」

 ちょっと身を乗り出す。

「やっぱり人間働かなあかんな。ここの手伝い初めて十日経つけど、なんや調子エエねん」

「そうか?」

「そうや。家帰るやろ、夕ご飯食べるやろ、風呂入るやろ、そのままコテンって寝てしもて。気ぃ付いたら朝や。十日前はあんだけ寝られへん、寝られへん言うとったのにな」

「そらええこっちゃがな。薬も飲まんとコテンって寝て、次の日気ぃついたらあの世やったら理想やねんけどな」

「せや、ほんまや。ピンピンコロリっちゅうヤツや」

 二人は顔を見合わせて楽しそうに笑う。カウンターの中で片づけものをしていた明恵と厳ちゃんが顔を見合わせた。

「……デイサービスか、うちは」

「ピンピンコロリはええけど、ここでコロリだけはやめてほしいわ」

「心配せんでも、ここでは死ねへんから」

 静子がカウンターの二人に声をかける。まったく地獄耳である。

「うちかて死ぬ時は畳の上がエエわ。いや、布団の中か」

 そう言いながらばあさん達はにぎやかに笑い転げている。

「いや、ほんまに、冗談やのうてな。老人ホームたら言うところで死ぬのは嫌やからなぁ」

 静子は顔をしかめて身震いした。笑子が身を乗り出すようにして囁く。

「老人ホームと言えばな、葉山さんトコの民三さん、亡くならはったらしいで。静ちゃん、知ってた?」

「聞き初めやわ。そんなん、葬式の話聞かへんかったがな」

「せやんな。どっかの老人ホームで亡くならはって、葬式は今流行はやりのヤツやがな、家族葬って。近所には声掛けはらへんねんで」

「お焼香も行かれへんがな」

「せやがな。面倒臭いんやろ、家族も。香典のお返しやなんや煩わしい言うて、な」

「民三さんも寂しいなぁ。商店主会でだいぶ気張って世話役してはったのにな」

「寂しい葬式は嫌やな。うちの主人の時は……」

 二人はすっかり葬式談義に夢中になっている。厳ちゃんは横目で二人を見ながら深いため息をついた。

「なんちゅう景気のエエ話題や。さすが冥土喫茶やな」

「ところで、いつまでこの体制でしますんや。……まさかホンマにお姉さんがアッチに行かはるまでするつもりですか」

「……いや、それは……」

 厳ちゃんはごにょごにゅと言葉を濁す。退院してから三日程経つが、この壮絶なメイドさん達は一向に店を辞める気配がない。客足は上々で、この二人の効果である事は間違いないのだ。色々考えると疲れがどっと増す。年寄り二人は妙に若返ったようであるが、熟年夫婦は明らかに吸い取られている。 

 その時店の電話が鳴った。厳ちゃんが受話器を取る。

「はい、サニーサイドでございます。は? はい。あ、確かにうちですが……」

 受話器を耳に当てる厳ちゃんがきょとんとしている。しばらく、はあ、はあ、と相槌を打っていたが、いきなり悲鳴にも似た大声を上げた。

「ええええ? そ、それは、いや、駄目って事はないですけど。いえ、ご迷惑という事もありませんが……。はあ、明日。えらい急ですね……いや、出来たら昼の忙しい時間は避けてもらえませんか。ほんまに洒落にならんくらい忙しいんですわ。朝か夕方なら、はい、ゆっくり話も出来るかと……。はい。わ、わかりました。お待ちしてます」

 厳ちゃんは受話器を持ったままぺこぺこと頭を下げていたが、ゆっくりと電話を切った。

 受話器を両手で押さえたまま、茫然としている。

「どないしはりましたん?」

 明恵が心配そうに声をかけた。

「……えらいこっちゃ。取材やて」

「取材?」

 全員が首をかしげる。

「テレビの取材や、テレビの。ほれ、夜中にやってるやろ。『タウンスクープ』ってやつや」

 関西圏では絶大な人気と視聴率を誇る深夜番組である。街の話題のスポットにお笑い芸人が突入して取材を繰り広げるという内容だ。台本なしのライブ感と大阪人のアドリブの面白さが売りらしい。

「そんなんあったかいな?」

「はよ寝るよって、知らんわ」

 静子と笑子は顔を見合わせて首をかしげる。厳ちゃんはおろおろと店内を歩き回る。

「明日の朝のうちに来はるそうや。ちょっと片付けて……。ああ、どないしたらエエんや……」

「ほんなら明日、うちは休みます」

 明恵はエプロンを取りながらそう言った。顔が引きつっている。

「そんなテレビの取材やなんて恐ろしい。よう出ませんわ」

 慌てて厳ちゃんが明恵の腕を掴んだ。すがるような目で懇願する。

「そんな事言わんと、おってくれや。俺かて心細いやないか。それに取材されるのは、姉ちゃんと笑子はんや」

 静子と笑子は椅子から飛び上がる。

「ええ? うちらかいな!」

「テレビ局も物好きやなぁ。こんなばあさんテレビにアップにしたら、テレビ壊れるで」

 笑子が素っ頓狂な声を上げる。

「自分で言いなはんな。せやけど、なんでうちらがテレビに出るんや?」

「知らんがな。大方、出入りしてる若い子がいちびってテレビ局に投書したんちゃうか。なんにしても、えらいこっちゃがな……」

 厳ちゃんは静子の言葉に上の空で答えながら、おろおろと店内に視線を走らせる。

「いやあ、えらいこっちゃ。ほんならいつもよりも早ように出勤せんなあかんがな。もう帰って寝なあかんで。お肌に悪いよってなぁ……」

 静子が嬉しそうに自分のしわしわの頬を両手で包む。それを見た笑子がにやにやしながら茶化しにかかる。

「なにがお肌や。ちょっとむくんだくらいの方が、しわが無くなってエエかもしれんで」

「ヒトの事言えた義理かいな。せやせや、茜にも教えたらな」

 静子と笑子はそう言いながらそそくさと立ちあがった。随分と嬉しそうである。

「取材やて、取材。長生きしとったら、色々あるもんやなぁ。いやあ、どないしょ。どないしょ」

「エエがな。ええ冥土の土産になるわ」

 嵐のような騒ぎで二人のメイドさん達が立ち去った。急にシーンとした店内に残された厳ちゃんと明恵は茫然と二人を見送るしか出来なかった。


<続く>

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