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テレビ・デビュウ!

「きゃ~、この人が茜のおばあちゃん? かわいいっっっ!」

 翌日、茜が大学から帰ってきた時、友人を一人連れてきた。軽い茶色のロングヘアーをふわふわなびかせ、毛虫も負けそうなボリュームたっぷりのつけまつげ。絵に描いたような今時の女子だ。割合素朴な茜とはだいぶタイプが違うが、随分と親しそうだった。静子を見るや否や、今時の女の子の常套句「かわいい」を連発する。

「なんや、茜の友達か?」

 静子はお冷を茜とその友人の分を用意した。

「そう! 茜から聞いて、どうしてもおばあちゃんに会いたいと思ったんですぅ! いやあ、噂通りというか、噂以上にイケてるわ!」

 アミアミのサンダルの靴底をパタパタ言わせながら喜ぶ。随分と大げさなリアクションだが、静子もまんざらではないようだ。最初はあきれていたが、やがてにんまりと笑みを浮かべた。

「そうか? イケてるか?」

「うんうん! イケてるイケてる!」

「そら、おおきに」

 二人で顔を見合わせてイヒヒと笑う。

「好きなトコに座ってんか。まあゆっくりしていきよし」

 静子はすっかり機嫌を良くしてカウンターの方へと戻って行った。

「ちょっとぉ、奈々子~。あんまり焚きつけんといてよぉ」

 茜は苦笑いしながら友人の肩をつついた。

「ええやん、ええやん。うちのおばあなんかさ~」

 奈々子は声を潜める。

「もう、な~。論外やで。ボッケボケにボケてしまってさ」

 あからさまな言い方に茜は慌てて静子を見た。静子はカウンターの傍でおしぼりとお冷の用意をしている。

「またこれがさ、ママも見る気全くなしっっっ! しょうがないと思うけど。だってさ~、うちのおばあ、性格悪いもん。ママとも仲悪かったし。あれで介護してくれって言う方が無茶やと思うけど」

「……で、どうしたん?」

「さっさと老人ホームに放り込まれた。こないだ久しぶりに会いに行ったけど、アレはあかんわ」

「きびし~。奈々子、一応社会福祉学科やろ? もう少しお口にフィルターはかからないのですかね」

 茜は顔をしかめて首を振った。奈々子はアッケラカンとしている。

「でもな~、やっぱり可愛く歳取らなあかんと思うわぁ。可愛げないと誰も見てくれへんで。おばあちゃんには悪いけど、ちょっと自業自得…的なとこもあるんやって。それが現実ですよ、はい」

 奈々子は腕を組んで難しい顔をして見せた。そこへぬっと静子が顔を出す。

「わっ」

「あのな、あんたらな、言うておくけど」

 静子は厳かな表情になる。

「どんな年寄りもな、ボケとうてボケてる訳ちゃうねんで」

 奈々子はペロッと舌を出す。

「あら、聞こえてました?」

「年寄りは地獄耳でな。悪口は聞こえるねんで~」

 奈々子があははっと笑った。

「茜のおばあちゃんは大丈夫! 全然しっかりしてるしぃ」

 茜が顔をしかめて首をかしげる。

「しっかりしてると言えばしっかりしてるけど……。しっかりしすぎやねん。なあ、おばあちゃん」

「やかまし」

 静子はじろっと孫を睨んでから、奈々子に聞いた。

「で、アンタ、注文はなんやな」

「あ、じゃあ、アイスココアをお願いします」

「はいよ、アイスココアな。アイスココア、アイスココア」

 静子は口の中でココアという単語をまじないのように転がしながらカウンターへと向かった。

「きっと今しゃべりかけたら、忘れるで」

 後ろで茜と奈々子がクスクス笑いながら囁きあっているのも聞こえなかった。


 この調子のいい茜の友人、奈々子はあちこちで静子の事を言いふらしまわったようだ。次の日から急に若い客が増えたのである。その増え方は驚異的で、ネズミ算とはいかないまでも毎日目に見えて客数が増えていった。

「商売繁盛もええけど、これは一体どういう事やろか」

 一週間して退院してきた厳ちゃんは、客で埋まっている店内に足を踏み入れて茫然と立ちつくした。明恵はカウンターの中で必死になって調理をしている。退院するというのに、迎えに来れないと言われて拗ねていたが、この状態ではしょうがない。

「静ちゃん、お水ちょうだい~!」

「静ちゃぁん、おあいそ」

「静ちゃん、うちカレーでお願いします」

 店内は静ちゃん、静ちゃんと、静子を呼ぶ声があちこちから飛び交っている。

「ああああ、もう、あんたらなぁ」

 店のど真ん中でメイド姿の静子が腰に両手を当てて仁王立ちになっている。

「静ちゃん静ちゃんて、静ちゃんの安売りセールとちゃいまっせ! ほんまにお冷くらい自分で入れ! 人使い荒いなぁ、もう。うちは後期高齢者だっせ! さっき食べたモンも忘れるちゅうのに、一度に三つも四つも覚えられへんの!」

「きゃ~、そんなストレートなとこがかわいい~」

「なにが『かわいい~』や。そんなことは八十年前から決まってます」

 静子は笑いながら手近なところに座っている若い男の子の肩をばしんと叩く。

「……無茶苦茶や」

 厳ちゃんはくらくらしてきて思わず戸口に手をついた。

「あ、厳ちゃん。帰ってきたんかいな。おかえり」

 静子がようやく厳ちゃんに気付いた。

「ただいま……って、なんやこの騒ぎは」

「なんや……って、商売繁盛しとるっちゅうことやがな。ほれ、ぼーっと電柱みたいに突っ立ってんと、さっさと厨房に入る! 明恵はん一人では大変やねんから」

 静子は厳ちゃんをカウンターの方へと押しやった。

「はよお願いします」

 明恵がぽちゃぽちゃした顔に大粒の汗を浮かべながらちらりと厳ちゃんを見た。

「お、おう……」

「……迎えに行かれへんで、すんません」

「お、おう。この騒ぎでは、そら、無理やわな」

「はい」

 二人はぼそぼそと会話を交わしながら次々に入ってくるオーダーを作っていった。

「静ちゃん、手伝いに来たで~」

 店の扉が開いて笑子がよたよたと入ってきた。

「あ、エミリーや!」

 店の中の女の子がきゃぴきゃぴと喜ぶ。

「え、えみり~?」

 厳ちゃんは持っていたコップを落としかけた。

「笑子さんが手伝ってくれたはりますねん。その間にお姉さんに『休憩しぃ』、言うて。それと、茜ちゃんの友達が『ボケ防止にええで』とか『ボケたらどっかに放り込まれるで』とか相当吹き込んだみたいですけど」

 明恵はうんざりしたような声で呟く。

「ほんでから、また調子に乗った若い子が何を考えてか『エミリー』なんて訳のわからん仇名をつけて……。それがまたまんざらでもないらしくて……」

 厳ちゃんはあんぐりと口を開けたまま店内の歓声を欲しいままにしている二人のばあさん達を見た。笑子は確かアッチが痛い、コッチが痛いと愚痴っていたはずではないか。それが足も引きずらず、杖もつかず、静子ほどの勢いではないものの店内をえっちらおっちらと歩きまわっている。

「あら怖いよ。エミリーやて。えらい仇名つけられてしもて……。こんな白髪のオバアやのに」

 笑子は笑いながら手に持っていたエプロンをつけた。静子のフリフリエプロンには負けるがそれでもかなり若いデザインだ。

「……いくらボケ防止や言うても、正気の沙汰やないわ。」

 明恵は顔をしかめた。

「せやかて、お前が『お姉さんに手伝うてもろて』言うてんで」

「わかってますがな。せやから文句も言えませんわ。それに、ほんまにアホほど客が入ってまっさかいな」

 カウンターの中で並んだ熟年夫婦は仲よく大きな溜息をついた。


<続く>

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