痛い訓練
この別世界に来て早一週間。来た時は戸惑い、そして不安ばかりが支配していた・・・かな?まあでも、初めて逢った人がアリサだったのが、不幸中の幸いだろうか。なんか能力者なんて事にされちゃったけど、この世界はなかなかに楽しい。現実世界でできなかったことが沢山できてる気がする。
俺は基本的にゲームとかはしない方だ。だけど外に居るのも苦手だった。だから一人暮らしの家に篭ってた。やっていた事と言えば本を読むくらいだろうか。でも、本の虫と言われるほど好きではなかったけど。実際に一週間本が読めなくても、禁断症状(?)なんてものは出ないし。
そんな引きこもり性質の俺は家でも筋トレとかしてたわけじゃない。だから【ヒョロヒョロ】なんて呼ばれることも有る。実際その通りだから否定しないけど・・・。
でも、この世界に来てからは違う。俺も居候の身だし、自分に課せられた事はやってる。なんか無茶苦茶筋肉モリモリの人と訓練したりしてるんだ。たった一週間だけど、少し強くなった気がする・・・。少なくとも打たれず良くなってはいる。エリサの拷問にも耐えてる。うん、俺、少し立派になった。・・・だけどね、
「無理だろ。いや、明らかに」
そう、俺は、今、この瞬間、エリサと対峙している。まあ、別に訓練なんだけど。
「大丈夫よ、怪我したら先生の所に連れてってあげるから」
先生とはアリサが働いてる診療所の先生のことである。だが、俺だって簡単にやれるわけにはいかない。
「ふ、俺だってこの一週間。沢山の虐めや訓練に耐えてきたんだ。やるときは・・・やってやるよ!」
俺は鞘から剣を抜く。名前もまだ教えてくれない筋肉モリモリの人から貰った剣だ。
「そう」
それだけ言うとエリサは4本小剣を抜いた。・・・4本?普通二刀流とかなら判るが・・・。
「エリサ、なんで君は4本の小剣なんだ?」
「ん?どうして?」
「いや、普通なら2本じゃない?」
「そう。それで?私はたまたま4本なだけ」
「・・・あそ」
なぜエリサが4本使うのかの謎は解けなかった。それが判ればエリサの攻撃手段が見えてくると思ったんだけどな。
「それじゃあ行くわよ」
そういうとエリサは2本の小剣を両手でこちらに投げて、飛ばしてきた。・・・飛んできたよ!
「うお?!」
俺は屈んで2本を上手く避けようとする。しかし、小剣は俺の右肩と左肩を少し斬った。
斬った小剣はそのまま後ろに飛んでいった。
「へぇ・・・上手く避けたわね。・・・一撃目は」
そういうとエリサはニヤリっと笑った。その笑いに背筋がゾクゾクする。俺はバッと振り返った。そこには後ろに飛んでいった小剣が、ブーメランの要領でこちらに戻ってきた。
「ちっ!」
俺は剣を振り下ろして、左側の小剣を叩き落す。そのまま叩き落したほうに体を移動させて、右側の方の小剣を避けようとするが、上手い具合に俺の脇腹を斬りエリサの右手に戻ってゆく。
「くっ!」
斬られた事によりバランスを崩し、避けた左側へそのまま倒れこむ。立ち上がろうとするのだが脇腹の痛みで立ち上がれない。
「やってやる!なんて言ってた割には、私に一撃も与えられなかったわね」
エリサは堕ちていた小剣を拾い、2本を腰の鞘にしまい、もう2本を俺の首元へ突きつけた。
「ま、ヒョロヒョロにしてはがんばったんじゃない?」
それだけ言うとエリサは、もう2本の小剣をしまい、俺へ手を差し伸べる。
「ほら、一人じゃ立てないんでしょ?掴まって」
「・・・ああ」
俺は何処で間違えたのか考えながらエリサの肩を借りて、アリサの手伝う診療所へ向かった。
――――――
いつも訓練してる場所から数分はなれた所にある、診療所に着いた。
トントン・・・
「失礼します」
エリサはそういうと、中の返事を待たずしてズコズコ中へ入ってゆく。
「まあ、エリサちゃんじゃない?どうしたの?」
俺はいきなりは入れないと何故か思ったのでドア付近で待機してる。で、中からはちょっと歳の取ったおばあさんみたいな声が聞こえた。優しくて、暖かい声だ。
「訓練相手が怪我をしたので連れて来ました。・・・って入りなさいよ」
右腕を思いっきり引っ張られてしまう。今の怪我の状態からだと、かなり!痛い。
「痛い!痛い!痛いって!」
俺の悲痛な声はエリサの耳には、右から入って左に抜けるようなものだった。
「あらあら、すごく痛そうね。エリサちゃんにやられたの?」
先生は俺の傷を擦りながら俺とエリサの顔を交互に見る。
「ふんっ、この男が貧弱だからイケナイのよ」
なんだかイケナイの部分を強調されてしまった。
「なんだよ、一週間やそこらじゃすぐ強くなれるわけ無いだろ?」
「へぇ、やってやる!なんて言っていたのは?」
治療が開始した俺を、エリサはジトーと見てくる。エリサがやると更に嫌な感じだ!
「に、人間失敗もあるのさ・・・」
冷や汗を掻きながら誤魔化す。エリサは「あ〜そ〜」なんて言って凄く顔は笑っている。
「はい、終わりです。お疲れ様でした」
先生は消毒と包帯を巻いてくれた。いつもはアリサがやる仕事らしいが、彼女は今、薬草を買いに行っているところだった。
「そういえばトキさん?一つ気になっていたのですが・・・」
「はい?」
「その右目・・・怪我ですか?ずいぶん変わった眼帯されてますし・・・」
そういうと先生は右目の眼帯を見る。・・・あまり触れて欲しくない事なんだけど・・・。
「あ、いえ、気にしないでください」
「あ、そうだ。ちょうど薬草に漬けた眼帯があるんですよ」
「いえ、本当に気にしないでください」
俺は先生が席を立とうとするのを両手で制止する。
「トキさんこそ、気にしなくていいですよ?お金が気になりますか?大丈夫です。サービスしますよ」
「・・・俺自身あまり触れて欲しくない事なんです」
静かにそういうと先生は椅子に座り「そうですか」と黙ってしまい、かなり重い雰囲気になってしまった。
「ふんっ、なによ、重たい空気になっちゃって。そんなものさっさと外しちゃいなさいよ」
そんなセリフと共に俺の眼帯を外そうと実力行使に出てきやがった。
「くっ、触るなって言ってるんだ!」
俺はギロッとエリサを睨みつける。するとエリサは、何かに突き飛ばされたみたいに、診療所の壁に激突した。
「うっ・・・あ、あんた・・・・・今、何したの?」
エリサは壁に激突した痛みを堪えてる様子で俺を睨みつける。
「お、俺は、別に睨み付けただけで・・・」
それから二人とも黙ってしまった。雰囲気は先ほどよりもずいぶん重たいものになってしまった。
「あ、そういえばアリサちゃんが言ってたわ。『トキさんは能力者なんですよ』って。という事は、今のは能力じゃないのかしら?」
「で、でも。俺、能力の訓練なんてしてないですよ・・・」
俺は顔をうつむきながら答える。
「能力者は肉体の強さと精神の強さがオーラになるらしいわ。トキさんは、訓練で少しずつ能力が使えるようになったんじゃないかしら?」
「それなら私のおかげね」
何故か胸を張るエリサ。・・・いやいや、お前がえばる事じゃないだろ。
「能力の発動か・・・」
俺は誰にも聴こえないように呟く。・・・アリサが知ったらどんなリアクションするだろう・・・。