夕方の奇襲
院長に与えられた仕事を一通り終えた後の夕方、カルツは患者の書類の整理をするために渡り廊下を歩いていた。
渡り廊下は中庭の間を通っている。横を見れば、きれいに整えられた花壇と、噴水があった。ここに来る人が少しでも気持ちが和らぐように、季節の花を植えているのだそうだ。
外を見ながら歩いていると、アリスさんが向こうから歩いて来ていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様」
アリスさんも患者の巡回を終えた後のようだった。
「院長は随分仕事を振っているようだが、大丈夫そうか?」
「大丈夫ですよ!一応、長く実家の手伝いをしてましたんで」
弟子入りしてから3日、アリスさんが治療をしているところを見せてもらっていた。
特に凄いのは、莫大な魔力と、それを精密に使う細かな魔力操作だった。
アリスさんが治療で使う魔法のどの魔法も、魔道具で働きを賄えるようなものだったが、魔道具を使わずにすぐに治療に入れるということに途方もない価値があった。
「君はやはり優秀な回復士だ。教えを乞う必要などないほどには。なぜ弟子なんかに」
「それでもアリスさんから学びたいことがあるんです」
「……」
すると、突然思いもよらないことを聞かれた。
「君の様子を見るに、勇者の話が聞きたいんじゃないか?」
「えっ?どうして…わかったんですか」
しばらくの間があいた後、
「それじゃ、君も勘違いしてたのか」
「…勘違い?」
「ああ、前もね…」
声が突然途切れる。少しの間表情が硬直し、そのまま力を失ったように倒れてしまった。
「ちょっと!」
息はしていたが、声をかけても反応がない。意識を失っているようだった。
足音が聞こえる。見ると、柱の陰にマトさんが立っていた。
「あ…マトさん!アリスさんが…」
そこで気づいた。柱の陰にいる人物が向けている、異様なほどの無表情と殺気に。
その瞬間。嫌な予感がしてその場に転がる。
すると奇妙な風を切るような音が上を通った。
その方向を見ると透明に近い炎のようなものがあった。
「マトさん!?」
呼びかけるも返答は返ってこず、代わりに2つ3つさっきの炎が俺に向かってくる。
「まさか…アリスさんはこの炎に…?」
咄嗟に水の魔法で対抗しようとするも、威力が足りないためか炎を消すことができない。威力を一時的に弱めることはできても、消滅させるには魔力が足りていないようだった。
その間にも炎は生み出され続けている。
縦横無尽に動く炎を避けていく。
マトさんはそこから動く気はないようで、膠着状態になっていた。
どれくらい経っただろうか。
「…ん?どういう…」
いつの間にか魔法が切れていたのか、アリスさんが起きあがろうとしていた。
「!!」
すぐに透明な炎を頭に当てられ、アリスさんはまた倒れてしまう。
だがそこでマトさんに一瞬の思考の空白ができた。
その隙に、俺は水の魔法を詠唱していた。
魔力を込めた言葉に呼応するように圧縮された手のひら大の水の球体ができていく。
「…アズール、フィナーレ」
「詠唱系水魔法最大の魔法の最終系…トルドン家系とはいえ、軽々とやってくれるじゃない。でもそんなもの、ここで放てないでしょう?怖いわね。ここら一帯を消し飛ばすつもり?」
そこでやっとマトさんの口が開くが、話している間にも、炎の数が増えていく。
口では怯える様子を見せつつ、全く怯んだ様子を見せない。
「これぐらいなら被害は大したことないと思いますよ。すぐ範囲回復魔法をかければ痛みも感じず治りますし。」
あえてこう答えたのは賭けだった。そんなことは一人の回復士を目指すものとして絶対できないことだし、言ってはいけないことだった。
その効果はすぐに現れた。
「ふーん…本気で言ってるの?」
マトさんの目つきが鋭くなる。
バラバラに飛んでいた炎が集まっていく。
「やっぱり危険ね。ここで殺しましょう」
そして一気に向かってきた。
(熱っ!)
目のすぐ横を炎が通る。
そしてそれはすぐ方向転換し頭の後ろに…止まった。
マトさんが水の魔法に囲まれていた。
(うまくいったか…)
水の魔法を床に這わせ、静かにマトさんの足元に集めたことで、一気に魔法を発動し、気づかれず水の壁を作ることができたのだった。
こちらからは様子が見えるが、向こうからはこっちが見えないようになっているので、マトさんは無闇に炎を動かせなくなっているようだった。
探るように小さく動いていた炎が消える。
「……なんなのよー!降参こうさーん!」
その後、そう言ってマトさんが両手を挙げた。
とりあえず話を聞こう、と思ったその時、
「…イグナイト!」
自分の横に浮かせていた水球が炎の結界によって閉じ込められていた。
「こうしてやるわ」
炎の結界は莫大な魔力を持った水球をさらに圧迫し、そして、消滅させた。
先程の透明な炎が一つ、マトさんの横に現れる。
「こちとら何年も化け物養育してるのよ!化け物の扱いには慣れっこだわ!」
同時に水の壁も破られた。
「とはいえ…これで魔力は使い切ってしまったのだけど」
「でも…流石にもうたいした魔法を出す魔力はないでしょう!?降参しなさい。…殺しはしないわ」
「アズール…」
「交渉しましょう。望みは何かしら?」




