煙突、唐辛子、男
スピーカーからは、砂嵐のようなノイズに混じって、微かな通信が聞こえてきた。
「太陽系 ニ 知的生物 ガ 生存スル 地球 ト イウ 惑星 ヲ 発見シマシタ」
グレーの肌に、ぎょろりと光る不気味な瞳。
身体は我々地球人よりも遥かに小さいくせに、腹だけが異様に大きい。
そう、ジョーンズの正体は宇宙人なのである。
世界征服の名のもとにその情報収集には余念がない。
ジョーンズは自らの姿を外国人観光客に変えて、わが国日本に潜入捜査を試みているのである。
都市計画なんだか、なんなんだかよくは知らないのだけれど、この街の風景も随分変わったなと思う。通りに面してハイセンスなマンションや高層ビルが立ち並び、洒落たカフェなどが軒を連ねる。そんな風景が嫌いということはないのだけれど、よそいきのおすまし顔は、なんだか肩がこると少年は思った。
路地を一本入るとにょきっと見える一本の煙突。煤けて随分くたびれて、一の木温泉と書かれている。今ではもうあまり見かけなくなった銭湯なのだけれど、ハイセンスなマンションよりも、高層ビルよりも、少年はそんな下町の風情が好きだったりする。
純和風の蛙股の瓦が、それこそ時代劇の世界にタイムスリップしたかのような気分にさせてくれるこの一の木温泉が少年は特にお気に入りだった。
天然記念物みたいな高齢のおばあちゃんが座る番台を通り抜けると、石鹸の匂いとキーン冷えたクーラーの冷気の心地よさにしばし息をつく。
「玄さん今日も来てるかな」
少年はやる期待に胸を弾ませる。
玄さんは80歳を過ぎたご高齢のおじいちゃんなのだが、僕が行くとよく昔話を面白おかしく話して聞かせてくれるのだ。少年は半分それが楽しみでこの銭湯に通っている。
「都会はきらめく passion fruit ウインクしてるevery night~♪
グラスの中の passion beat 一口だけで fall in love~♪」
玄さんはご機嫌に湯船に浸かり、杏里のキャッツアイを熱唱している。
「なに? 昔の泥棒だって? そりゃなんといってもお前さん、鼠小僧を忘れちゃいけませんよ。私腹を肥やした大名屋敷の奥向きにひょいと身軽に忍び込んでは、頂戴した千両箱の中身を貧しい民に分けてやる、鼠小僧っていうのはさあ、義賊。いわば庶民のヒーロってわけさ」
(か……カッコいい)
そう思ったのは玄さんと話していた少年ではなく、その横で聞き耳を立てていたジョーンズだった。気のせいか握りしめた拳が感動にプルプルと震えている。
「そっかあ、あと泥棒っていうとちょっと古典的だけどオーソドックスなところで言うなら、サザエさんに出てくる唐草模様の風呂敷を背負ったアレね」
「おお、そうじゃ。泥棒といえば唐草模様じゃのう」
玄さんが陽気に笑って相槌を打つ。
「あとねえ、この前従兄のお兄ちゃん家で読んだ昔の漫画なんだけどさあ。美人三姉妹がレオタード着て活躍するアレ、僕大好きなんだよねえ」
少年が薄らと頬を染めた。
「うおお、わしは何と言ってもルイ姉さんが好きじゃあ~! おっぱいボインで熟女系。うっひゃあ、モロわしの好みじゃあ」
何食わぬ顔をして隣で二人の話を聞いていたジョーンズの鼻から、静かに緑色の液体が流れ落ちた。(おっぱいボインで熟女系……、美人三姉妹がレオタードを着て活躍する話)
さてそれから数日後、街に変な噂が流れた。
「ああ、でるらしいぜ。レオタードを着たアレが」
(おっぱいボインで熟女系……、美人三姉妹・レオタード)
何気に少年とじいさんの期待値が膨らむ。
いや、街の男子全員の期待値がMAXに膨らんだ。
そしてあの曲が流れる。
「都会はきらめく passion fruit ウインクしてるevery night~♪
グラスの中の passion beat 一口だけで fall in love~♪」
月影に浮かぶ美しき盗賊にサーチライトが重なる。
「ねえ、玄さん。レオタードの模様がなんだか唐辛子のようだよ」
「はは……そうだね」
少年とじいさんの頬を涙が伝う。
「私は盗賊ぅ~、あなたのハートを奪った」
ジョーンズが、観衆に投げキッスを送る。
どうやら、何かに目覚めたようだ
だれか突っ込めよ。唐草と唐辛子「唐」しかあってねーのに、あの外国人わけわかんねえ勘違いしてやがるよ。っていうか、日本文化そのものを愚弄してねえか?
つうか、それよりなにより、
てめー男じゃねーか!!!




