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追放された無能貴族、実は全属性魔法と鑑定EX持ちでした 〜婚約破棄された翌日、王国が崩壊しましたが俺は関係ありません〜(連載版)  作者: 白昼夢


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第48話:現場の真実、あるいはかつての「無能」との再会

第48話:現場の真実、あるいはかつての「無能」との再会




 旅を始めて一週間。俺とリリアの足は、大陸の西端に位置する宿場町「カステロ」へと向かっていた。

かつて俺がアルヴァレスの玉座で、大陸全土の最適化という名の『断捨離』を行っていた際、この町は一つの「処理案件」に過ぎなかった。



(……ドミニク。確か、そんな名前の町長だったはずだ)


 脳内の隅に残るかつての鑑定ログを、俺は苦い思いで反芻する。当時の鑑定EXが弾き出した彼の評価は惨愺たるものだった。



『行政能力:D』『経済合理性:E』『決断力:D』。



 予算をあちこちの「無駄な冠婚葬祭」や「老朽化した水路の補修」に分散させ、数値上の成長を停滞させている無能――。

それが、当時の俺が下した結論だった。俺は一通の魔導令によって彼を更迭し、アルヴァレスの官僚養成機関を首席で卒業した「数値上完璧な」若者を新しい町長として送り込んだ。



(今のこの町は、さぞかし効率的に発展しているだろうな……)



 そんな皮肉な期待を胸に町へ足を踏み入れた俺は、すぐに言葉を失った。


 町は活気に満ちていたが、それはアルヴァレスのような冷徹な輝きではない。市場からは威勢のいい声が響き、子供たちが埃にまみれて走り回り、家々の窓からは煮炊きの香ばしい匂いが漂ってくる。そして、町の中心にある広場の光景に、俺は足を引き止めた。



「そら、もう一踏ん張りだ! この石を噛ませれば、今夜には水が流れるぞ!」



 広場の噴水へと続く古い石造りの水路。その泥濘ぬかるみの中に、一人の初老の男がいた。


 ボロボロの作業着は泥を吸って重くなり、額には汗と土が混じって筋を作っている。だが、その瞳は驚くほど澄んでいた。



「……あの男、ドミニク元町長ですね」



 隣を歩くリリアが、静かに、だが確信を持って呟いた。俺は無言で頷き、吸い寄せられるように水路の縁へと歩み寄った。



「……ドミニクさん。なぜ、あなたがこんな場所で作業を?」



 俺の声に、男は顔を上げた。かつて官邸で俺と通信越しに話した時よりも、ずっと老けていた。だが、その表情に悲壮感はない。



「おや、旅の冒険者さんかな。ああ、これかい? 今は町長じゃないからね。でも、この水路の癖を知っているのは、俺くらいしかいないんだよ。新しく来た町長さんは実に優秀な方だ。帳簿の数字を合わせるのも、新しい街道を引くのも俺よりずっと上手い。だがね……」



 ドミニクは、ハンマーを持ったまま自分の胸を叩いた。


「この町の下を流れる水の『心』までは、あのアカデミーの教科書には載っていないのさ。ここは三代前、飢饉の時にみんなで石を運んで作った水路なんだ。数値の上では作り直した方が早いんだろうが、みんな、この石に自分たちの親父や爺さんの指跡が残っていることを知っている。だから、俺がこうして手伝っているんだよ」



「……数値化できない歴史、ですか」



「そう。魔王様――いや、今はもう引退されたんだっけな。あの御方がよこした『正解』は、確かに理に適っていた。おかげで税金は下がり、街道も良くなった。感謝もしている。……だが、あの御方は一つだけ気づいていなかった」



 ドミニクは泥だらけの手で、一人の老婆が持ってきた水差しを受け取り、豪快に飲み干した。



「この町はね、計算上は非効率でも、あのおばあちゃんの家の水路を真っ先に直してやると、お返しに山盛りの野菜が届く。それを食べた若い衆がやる気を出して、倍の働きをする。そういう、数字には出てこない『貸し借り』と『情』の連鎖で回っているんだ。それを『無駄』と切り捨ててしまったら、町はただの石の塊になっちまうのさ」



 俺は、立っているのがやっとだった。


 

(俺は……何を見ていたんだ)



 かつての俺は、鑑定EXという完璧な定規を持っていた。だが、その定規で測っていたのは、世界の「表面」だけだったのだ。人々の営みという深淵に流れる、泥臭くて温かな血流を、俺は「ノイズ」として処理し、排除していた。

 社畜だった俺が一番嫌っていたはずの、「現場を見ずに数字だけを振り回す上司」に、俺はなっていたのだ。



「……レオンさん。顔色が悪いですよ」



 リリアが心配そうに、俺の冷たくなった手を握った。彼女の温もりが、かつての自分の過ちに押し潰されそうな俺を、辛うじてこの世界に繋ぎ止めてくれる。



「……いや。大丈夫だ、リリア。……ただ、俺は本当に、何も鑑定できていなかったんだなって」



 俺は自嘲気味に笑い、一歩、泥濘の中へと踏み出した。



「ドミニクさん。よければ、その作業、手伝わせてください。……俺は、元々不器用な社畜でして。現場で汗を流すのが、本当の役割だったんです」



「ははは! 気合の入った冒険者さんだ。いいだろう、まずはその大きな基礎石を支えてくれ。腰を痛めないようにな!」



 それから数時間、俺はリリアと共に泥にまみれて働いた。


 魔法を使えば一瞬だ。だが、俺はあえてそれを使わなかった。自分の腕に伝わる石の重み、泥の冷たさ、そして作業の合間にドミニクが話してくれる、この町の小さな思い出話。その一つひとつを、俺は自分の「心」で鑑定していった。



 日が落ち、ようやく水路に澄んだ水が流れ込んだ時、町の人々から歓声が上がった。

 俺の手は擦り傷だらけになり、全身はドロドロだったが、その時ドミニクが差し出してくれた一杯の冷たい水は、アルヴァレスの玉座で飲んでいたどんな名酒よりも、深く、甘く、身体に染み渡った。



「ありがとう、若いの。おかげで助かったよ。君のような『現場の声』がわかる冒険者がいるなら、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないな」



 ドミニクの厚い手のひらが、俺の肩を叩く。


 俺は何も答えられず、ただ頭を下げた。涙が泥に混じって地面に落ちたが、彼はそれを「ただの汗」だと言って笑い飛ばしてくれた。



(……これが、仕事だ。誰かのために汗をかき、その結果として感謝を受け取る。……俺がシステムで無理やり配った『幸福』なんて、これに比べれば何の意味もなかったんだ)



 隣で同じように泥だらけになったリリアが、優しく俺を見つめていた。彼女の瞳には、かつての魔王への敬畏ではなく、今ここで自分の足で立っている俺への、深い愛しさが湛えられていた。



「レオンさん。……今日のあなたは、誰よりも素敵な『新入社員』でしたよ」



「……ああ。……明日も、頑張れそうだ」



 俺たちは夜の帳が下りた広場で、小さな灯りに照らされながら、いつまでも流れる水の音を聞いていた。俺の旅はまだ始まったばかりだが、この泥の感触こそが、俺がこれから一生をかけて鑑定していくべき「世界の価値」なのだと、確信していた。






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