第47話:新人冒険者の初仕事、あるいは最良のパートナー
第47話:新人冒険者の初仕事、あるいは最良のパートナー
アルヴァレスを脱走してから、三日が経った。
俺とリリアは、アルヴァレスの直轄地から遠く離れた辺境の宿場町にいた。
「……なぁ、リリア。本当に付いてくるつもりか? 俺はこれから、ただの新人冒険者として低レベルの依頼をこなして回るんだぞ。元・魔王の秘書なんて肩書き、一文の得にもならない」
朝の光が差し込む安宿の食堂で、俺は安物のスープを啜りながら尋ねた。
対面に座るリリアは、慣れない冒険者用の革鎧に身を包みながらも、優雅な手つきでパンを千切っている。
「何度聞かれても答えは同じです、レオン様。……いえ、今は『レオンさん』でしたね。私のスキルは管理と実務。あなたの行く先々で発生する非効率を解消するのが、私の生涯の『天職』だと、あなたの鑑定EXも言っていたではありませんか」
「……あれは、その、管理職としての適正を言っただけで……」
「屁理屈は却下です。さあ、冷めないうちに食べてください。今日はギルドへの登録と、初仕事の選定ですよ」
俺はため息を吐き、残りのスープを飲み干した。
一人で孤独に、ストイックに贖罪の旅を続ける……そんな俺の計画は、彼女が隣にいるだけで、どこか賑やかな「新婚旅行」のような空気感に上書きされてしまう。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
***
町にある冒険者ギルドの門をくぐる。
漂うのは、汗と酒と鉄の匂い。かつての管理局の無機質な空気とは対照的な、雑多で生々しい「労働」の気配だ。
「新人か。ここに名前と使える魔法を書いてくれ」
受付の職員が、退屈そうに書類を突き出してきた。
俺は一瞬、迷った。
本名を書けば騒ぎになる。
俺は適当な偽名を書こうとしたが、リリアが背後から俺の手をピシャリと叩いた。
「レオンさん。嘘はいけません。……あなたは、自分の名前を捨てて逃げるつもりですか?」
「……。……そうだな。わかったよ」
俺は苦笑し、素直に『レオン』とだけ記した。
そして使える魔法の欄には、かつて世界を跪かせた「全属性魔法・鑑定EX」ではなく、こう書き込んだ。
『生活魔法、および基礎的な身体強化』
魔王の力は、アルヴァレスのシステム維持と、世界のセーフティネットとして置いてきた。今の俺にあるのは、最小限の魔力と、社畜時代に培った「現場対応力」だけだ。
「よし、登録完了だ。初心者なら、この『薬草採取』か『下水道のネズミ駆除』が妥当だな。どっちにする?」
「……『薬草採取』で。ただし、依頼主の要望を精査させてもらう」
俺は掲示板から一枚の依頼書を剥ぎ取った。
***
町の郊外にある森。
俺たちは、膝をついて地面に生える薬草を一つずつ手で摘んでいた。
「鑑定EXがあれば、一瞬で最上品を選別できるんだがな……」
「ダメですよ、レオンさん。自分の目と手で確認する。……それが今のあなたの『業務目標』でしょう?」
リリアに叱咤されながら、俺は土に汚れた手で草をかき分ける。
やがて、目的の薬草を見つけた時、俺の脳内にある「鑑定」が、かつての無機質な文字ではなく、実感として情報を伝えてきた。
(……この色、この瑞々しさ。昨夜の雨をたっぷり吸って、今が一番の旬だ。……これなら、依頼主の病気もきっと良くなる)
それは、数字で幸福度を測っていた頃には決して得られなかった、小さな、けれど確かな手応えだった。
「……リリア。見てくれ。これ、いい出来だぞ」
「ええ。本当に綺麗ですね。……レオンさん、あなたが自分の手で誰かを笑顔にする。それは、空の上から命令を飛ばしていた時より、ずっと素敵なことだと思いませんか?」
リリアが隣で微笑む。
その笑顔を見て、俺は初めて、自分がこの旅に出て良かったのだと心の底から思えた。
「……ああ。そうかもな。……よし、この調子で全部集めるぞ。……定時退社は死守するがな!」
「ふふ、了解です。チーフ!」
俺たちは、夕暮れに染まる森の中で、笑い合いながら作業を続けた。
魔王の統治は終わった。けれど、一人の男と一人の女の、新しい「ホワイトな物語」は、まだ始まったばかりだ。




