第22話 主と獣、百年越しの共鳴
第22話 主と獣、百年越しの共鳴
王城地下からの撤退は、静かだが緊迫したものだった。
完全な救出には至らなかった。
だが――確実に、一歩前へ進んだ。
レオンの腕の中で、獣魔は弱々しく呼吸をしている。
封印はまだ解かれていない。
それでも、王女派の結界から切り離したことで、魔力の搾取は止まった。
「……大丈夫だ。もう奪わせない」
その言葉が通じたのか、
獣魔の銀色の瞳が、ゆっくりと瞬いた。
浮遊都市に戻ると、宰相アーヴェルはすぐに最上位の隔離結界を展開した。
「この都市で最も安全な場所だ。
王女派の干渉は、ここには届かない」
リリアが獣魔にそっと触れ、魔力を流す。
「……ひどい状態。
長年、主と切り離されたまま、鍵として扱われてきた……」
その瞬間。
空間が、震えた。
誰の詠唱でもない。
誰の魔力操作でもない。
――“共鳴”だった。
遠く。
封印遺跡の最深部。
二重結界の内側で、少女の姿をした魔術師が、はっきりと目を開いた。
「……この感覚……」
百年以上、感じることのなかった波動。
微かで、それでも確かな“繋がり”。
「……戻ってきたの?」
彼女は、胸に手を当てる。
そこには今も刻まれている。
獣魔と結んだ、契約の痕跡。
自らを封じるよりも前に、
たった一つだけ守りたかった存在。
――家族。
浮遊都市。
獣魔の身体が、淡く光り始めた。
「……始まったわ」
リリアが息を呑む。
「主と獣が、互いを認識してる。
距離も、結界も……関係ない」
レオンは、はっきりと感じていた。
獣魔の奥底にある感情。
恐怖。
孤独。
それでも消えなかった、信頼。
「……百年も、待たせてしまった」
それは獣魔の声ではない。
だが確かに、“想い”が流れ込んできた。
そして同時に――
もう一つの意思が、こちらを見ていた。
封印遺跡。
魔術師は、静かに微笑んだ。
「……そう。
あなたたちが、今の時代の“選択”なのね」
彼女は、結界の内側から語りかける。
「王国は……もう、戻れないところまで行っている。
だから私は、あの時、協力を拒んだ」
侵略。
魔獣の乱獲。
獣魔を“資源”として扱う思想。
「それを止められなかった私自身も……
だから、逃げた」
自嘲気味な声。
浮遊都市。
獣魔が、小さく鳴いた。
その瞬間。
レオンの視界に、ウィンドウが展開される。
【獣魔:未完全覚醒】
【契約主:封印中】
【共鳴率:32%】
「……まだ、完全じゃない」
アーヴェルが頷く。
「だが、確実に道は繋がった。
次に必要なのは――」
「封印の“最後の鍵”ね」
リリアが言った。
「獣魔が完全に自由になること。
それが条件」
レオンは、静かに拳を握る。
「……王女派は、必ずそれを阻止しに来る」
まるでその言葉を待っていたかのように、
都市外縁の警戒結界が反応した。
「侵入反応!」
通信が飛び込む。
「複数の高位魔力反応……隣国製の術式です!」
アーヴェルの顔が、険しくなる。
「……来たか。
王女の“後ろ盾”が」
レオンは、獣魔を守るように一歩前に出た。
「なら――
次は全面的に叩き潰すだけだ」
獣魔の瞳が、再び光る。
恐怖はまだある。
だが――
今度は、一人じゃない。
封印遺跡の奥で、魔術師は静かに目を閉じた。
「……もうすぐね」
百年の眠りは、終わろうとしている。
主と獣。
過去と未来。
そして――
追放された“無能”が作ったこの都市が、
世界の運命を塗り替える瞬間が、近づいていた。




