第19.5話(番外編)王女セシリア・ルミナスの独白
第19.5話(番外編)王女セシリア・ルミナスの独白
――それでも、私は負けていない
薄暗い地下室。
湿った石壁に囲まれたその場所で、セシリア・ルミナスは苛立ちを隠そうともせず、爪を噛んだ。
「……役立たずばかり……」
かつて王立魔法学園の大広間で、あれほどの喝采を浴びていた自分が、
今はフードを深く被り、名もなき暗部のアジトに身を潜めている。
――あの時。
レオン・アルヴァレスを追放した、あの日。
全ては完璧だったはずだ。
無能貴族を断罪し、英雄候補を婚約者に据え、王国の未来を自分のものにする。
それなのに――。
「……どうして、あんな男が……」
拳を握り締める。
拘束されたあの日の屈辱は、今も鮮明に焼き付いている。
だが、王国の暗部はまだ自分を見捨てていなかった。
忠誠ではない。
利害だ。
それで十分だった。
「宰相アーヴェル……」
セシリアは低く呟く。
あの老害。
いつも穏やかな顔で、王の横に立ち、民のことなど考えているふりをしていた男。
父王が変わっていった時、真っ先に邪魔になった存在。
だから追い落とした。
簡単だった。
些細な不備を誇張し、政敵に情報を流し、王の耳元で囁くだけ。
――だが、あの男はしぶとかった。
「暗殺も失敗……本当に使えない……」
暗部の刺客は優秀なはずだった。
それなのに、浮遊都市に迎え入れられ、守られている宰相に手出しすらできなかった。
セシリアの胸に、黒い感情が渦巻く。
そして――
自然と、思考は“あの娘”へと向かう。
「……あなたも、愚かだったわね」
宰相の娘。
自分と同じ年で、
派手ではないが、静かに人を惹きつける少女。
聡明で、優しくて、
――何より、父親に愛されていた。
それが、気に入らなかった。
「私より……評価されるなんて……」
事故死。
そう処理された事件。
裏で糸を引いたのは、自分だ。
ほんの少し、暗部に命じただけ。
ほんの少し、運命をずらしただけ。
それなのに、宰相は壊れた。
牢に入れられ、
希望を失い、
生きる意味すら捨てた。
「……当然よ」
セシリアは笑う。
「私に逆らうから。
王女の道を遮るから」
後悔など、ない。
あるのは――苛立ちだけだ。
「……レオン・アルヴァレス……」
全てを狂わせた元凶。
無能の仮面を被り、
私を――王女である私を――
あの場で晒し者にした男。
今では浮遊都市を作り、
宰相を抱え、
魔術師にまで手を出しているという。
吐き気がする。
「必ず……必ず、殺す……」
呟きは、憎悪そのものだった。
だが、セシリアは焦っていない。
王国の暗部。
まだ動く駒は残っている。
そして――
隣国。
「……ふふ」
口元が歪む。
外交、密約、裏取引。
王国が崩れようと、自分が“王女”である事実は消えない。
レオンを潰す方法はいくらでもある。
浮遊都市?
仲間?
理想?
――全部、壊してあげる。
セシリア・ルミナスは、闇の中で静かに笑った。
「次は……私の番よ」
復讐の炎を胸に抱きながら。




