03
「これで俺たちは大金持ちだ!」
勇者ビクターは白濁したキューブを天に掲げて声を上げた。周囲にはあと三人。鎧を身につけた大男と、黒いローブを身につけた少女、聖職者の袈裟を身に纏った青年。それぞれが身につけた衣類をぼろぼろにしながらも、力強くビクターの声に応えていた。
魔王討伐の帰りとは思えないほどの清々しい空気。青い空の下であ木々が揺らめき、鳥が歌う。彼らは『最後の魔王』を倒した栄誉を手に、セオドールへの帰り道を歩いていた。
「はやりビクターの勇気には感服する。最後の一撃のために火の海に飛び込んだのはさすがとしか言いようがない」
大男は言って目を細める。腰に身長の半分ほどもありそうな剣を差しており、背中には身長以上の槍を背負っている。勇者よりも大分年上のようだが、ビクターを信じてついてきている。
「でも、レオが魔王の陣形を崩した事が突破口となったんだ。レオはでかい体していつも冷静だから助かってるよ」
「私は自分が出来る事をしたまで」
「あははーレオが照れてる」
少女が大男を指差し、笑う。
「ジェイミーの魔法だって凄かった。少しずつダメージを与えながら、魔王の注意を惹きつけていたんだから。あれがなかったら、俺は魔王には飛び込めなかったよ。さすが、聖都始まって以来の天才と呼ばれるだけはある」
「そう?えへへぇ」
少女は得意げな顔をする。
「それに引き換え、僕は何も出来なかった・・・」
袈裟姿の青年はうつむいて呟く。
「そんな事無いって!リックの回復魔法がなければ俺たちは全滅してたかもしれない。防御魔法のおかげでダメージは軽減出来ていたし、魔王の動きを制限する魔法もかけてくれていたんだろう?それらがあってこそ討伐出来たんだよ!」
「そうかな」
青年は照れくさそうにはにかんだ。
「そう、だから俺たちの誰一人が欠けてもこの討伐は成功させる事が出来なかったんだ!」
ビクターはそう言って、もう一度ファントムを天に掲げる。
「ビクター、お前はこれからどうするつもりだ?」
レオはビクターを誇らしげに眺めながら尋ねた。
「そうだな。しばらく休みたい。温泉でも行ってゆっくりするかな。レオは?」
「俺は久しぶりに田舎に帰ろうと思う。だが、お前が冒険に出ると言うなら、いつでもお供するから遠慮なく声をかけてくれ」
レオは拳を作り、ビクターと合わせる。
「わたしはねぇ」
ジェイミーは頬に人差し指をあてて、
「もうすこし魔法の研究がしたいな。もっと皆の役に立てるように、攻撃魔法を覚えなきゃ」
「僕は、修行の為に王都教会に入る。皆に迷惑をかけないように、もっと強くなるんだ!」
「二人とも凄いな!次の冒険が楽しみだ!」
そう言って笑い合う四人。四人の未来は輝いているように思えた。
「ん?」
その時ビクターは、前方に人影がある事に気づいた。全身をローブで身を包み、頭からフードを被っていてその表情は見えない。そんな人影が、こちらを見ている。
「レオ、油断するな」
「分かってる」
四人は慎重に人影に近づく。男か女かもわからないが、レオどころかビクターよりも小さい。リックと同じくらいだろうか。
体の大きさでは脅威は感じられないが、その雰囲気に異常を感じていた。全てのものを吸い込むような雰囲気。そう、魔王と対峙した時の感じに似ている。ビクターとレオは腰に差している剣の柄を密かに握る。
ふと見ると、ジェイミーが呪文の詠唱を始めており、リックは杖を握っている。二人も何かしらの違和感を感じているのかもしれない。
少しずつ人影に近づいて行く。人影は身動きひとつしない。
ビクターの額から汗が流れる。魔王と対峙した時でさえ、こんな緊張感は無かった。他の三人の緊張感も伝わって来る。
そして剣を伸ばせば届く位の距離まで近づいた時、人影が動きを見せた。
剣を抜こうとしたビクターとレオだが、人影が空の手をこちらに向けてきた様子を見て留まった。思ったよりも小さく白い掌を上に向けて、何かを欲するように。
「あんたは誰だ?」
ビクターは問う。はっきり言って、答えなどどうでもいい。人影の注意が少しでも逸れれば。
人影は何も答えない。ただ、手を出しているだけ。
「これかい?」
ビクターは白濁したキューブを人影に見せる。人影がうなずいたように見えた。
「これは俺たちにとっての未来だ。あんたなんかにやる訳にはいかない」
「炎魔法!」
ジェイミーが放った膨大な火球が、人影を覆い尽くす。
キーン・・・
高く澄んだ音が響く。
魔王の召喚したデーモン十匹を纏めて焼き尽くした火球が逆回転したかのように小さくなる。そして、その場で変わらず佇む人影の手の中に吸い込まれるように消える。
「な、何!?今の!」
ジェイミーが声を上げる。倒す事は出来なくとも、魔王にも少なからずダメージは与えられた攻撃だった。
人影は変わらず手を向けている。
「弱体化!」
動いたのはリック。人影に向けて防御力低下の魔法をかける。
「うぉおお!」
そこへ突っ込むレオ。防御力が弱ったなら、今攻撃するしかない。
人影は一歩も動かない。剣を振り下ろす。
キーン・・・
レオが振り下ろした剣は、人影が持つ赤いキューブに受け止められた。いくら力を加えても、それ以上剣を進ませる事が出来ない。次の瞬間、レオの剣は砂のように崩れ去った。
その巨体の割には素早い動きで後退すると、懐からナイフを取り出して投げつける。
「氷魔法!」
ジェイミーが放った氷魔法は、人影の下半身を凍り付かせた。そこにナイフが迫る
キーン・・・
その音と共に、人影は影のように消えた。
「ビクター!後ろだ!」
レオの声に反応し、ビクターは振り向きざまに剣を振るう。体をのけぞらせた人影には触れる事なく、空を切った。
そこへレオも飛ぶ。背中の槍を取り出し、人影を一突きする。
キーン・・・
「やったか!」
かすかな手応え。しかし、レオの槍が貫いていたのは、黒いローブだけだった。
見やると、少し離れた場所に人影。相変わらずローブを身に纏った姿で手を向けて黙っている。
「何だ、こいつ」
「わからん。影の相手してるみたいだ」
レオは額の汗を拭った。攻撃が一切通らない。魔王を倒した攻撃が。
「でもやるしかねぇな。ジェイミー、リック、援護を頼む!」
「火炎魔法!」
ジェイミーが巨大な火球を二つ呼び出す。
「障壁魔法!」
リックが叫ぶと、ビクターとレオの周囲に結界が張られる。魔王との戦いで、一度だけだが魔王の一撃を無効化する事が出来た。
リックの結界に守られたビクターとレオはジェイミーが呼び出した火球と共に人影に突っ込む。ビクターは剣を掲げ、レオは槍を突き立てて。
巨大な火球に爆風が吹き荒れる。周囲の木々さえも吹き飛ばす威力に、リックは地面に這いつくばって耐えている。
嵐のような爆風が治ると、そこにいたのは変わらず佇む人影。突き出された槍を赤いキューブで受け止め、反対側の手で握られた赤い光で作られたような剣でビクターの剣を受け止めている。
「何もダメージがない!?」
ジェイミーが声を上げる。ビクターとレオはリックの作り出した結界によって守られているために無傷だが、人影はやはり何のダメージも受けていない。その上、二人の攻撃も防いでいる。
光の剣はふっと消えた。
人影はビクターを指差した。
「それを渡せ。さすれば無益な殺生は望まない」
無機質な声。男の物とも女の物とも言えない声が、ローブの中の闇から響く。脳に直接問いかけられたような不快感。
「嫌だね。言ったろ、こいつは俺たちの未来だ」
胸にしまったファントムを指差す。
「そうか・・・」
キーン・・・
「障壁魔法!」
音が響くのと、リックの結界が張られるのは同時だった。一度は魔王の攻撃を無効化した、ビクターも全幅の信頼を寄せる魔法。だから、ジェイミーの火球にも突っ込めたのだ。
「ビクター!後ろ——」
レオの声が響いた時、ビクターの胸は赤く光る剣で背後から貫かれていた。ビクターの鎧も、リックの結界も人影の攻撃を無効化する事は出来ずに紙のようにあっさりと。
赤く光る剣がふっと消えると、ビクターは絶望の表情を浮かべて崩れ落ちた。人影は事切れたビクターの懐を探り、血に塗れた白濁したキューブを取り出す。
「きっ・・・」
唇を噛んだレオ。
「貴様ー!」
ヤケクソに突っ込んでいく。
「リック!早く蘇生を!まだ間に合う」
「分かってる!」
リックが呪文の詠唱を始めると、
キーン・・・
リックの目の前に人影が現れる。
「ひっ」
短く悲鳴を上げる。
キーン・・・
「え、え、何!?」
何か見えない力に体を持ち上げられる。手足をジタバタさせながらも逃れる事が出来ない。この状況から逃れられる魔法が無いか、頭を巡らせる。
「待て!」
レオが駆け出すより早く、
キーン・・・
そして音が響くと、人影から発射された闇の塊のような弾丸が、リックの胸を貫く。どさりと落ちて、リックは動かなくなった。
「リックまで・・・」
ジェイミーは青くなっている。
「ジェイミー!援護しろ!」
槍を構えて突撃するレオ。戦略も何もない。
「氷魔法!」
ジェイミーの呪文に応え、呼び出した氷の粒は人影にまとわりつくように固まっていき、氷の柱となって人影を閉じ込める。
「このやろう!」
レオは氷の柱に向けて手にした槍を投げつける。
狙い違わず人影を氷ごと貫いた。
キーン・・・
氷ごと人影を貫いた槍は、その音に呼び戻されたように反転。来た時と同じように人影の体を通過し、狙い違わずレオを串刺しにすると背後の岩に刺さって止まった。
「ひ、ひい・・・」
涙を浮かべながら後ずさるジェイミー。
「火炎魔法!」
どうにか呪文を詠唱して、今までで最大火力の火球を呼び出す。この場にクレーターを作り出す程の破壊力が人影に向かう。
キーン・・・
人影が手をかざすと、人影の手の前で紅蓮の渦を巻いた火球がぴたりと静止した。そのまま人差し指をジェイミーに向けると、それに操られるように方向を変えた火球がジェイミーを襲う。
その後その場には、焼け焦げた何かが転がっているだけだった。
人影は手を下ろし、静寂の中で白濁したキューブを眺める。
キーン・・・
人影は澄んだ音を残して消えた。四つの死体を残して。




