【Side Episode】仮面の中の微笑み(白川紗月 視点)
私の笑顔は、誰のためにあるのだろう。
毎日が同じように流れていく。
完璧に整えられた制服、欠けることのない成績。
挨拶には礼儀正しく、言葉は選び、空気を読む。
それが「白川紗月」だった。
家柄。期待。役割。
誰もが私を“理想”として扱う。
その重さに、もうとうの昔に慣れてしまった。
(この世界で、自由なんてものは幻想よ)
感情は鎮め、心は整え、口元だけ微笑ませる。
演じることに、私は長けている。
けれど——最近、ひとつだけ私の計算を乱す存在がいた。
高森誠。
最初は、興味本位だった。
人付き合いが苦手で、地味で、目立たない生徒。
けれど彼は変わった。
誰かに頼った様子もなく、誰かに媚びるでもなく。
ただ、静かに、自分の足で立ち直ろうとしていた。
それが、少しだけ私の心を揺らした。
(……面白いわね。あなたみたいな人、滅多にいない)
だから、話しかけたの。
それが彼を動かすことになると知っていて。
噂が広がることも、注目を浴びることも、もちろん計算のうち。
でも、それだけじゃない。
(あなたの中に、“私の知らないもの”がある気がする)
他人の目を気にせず、他人の期待に囚われず、
それでもなお、誰かの言葉に耳を傾ける力。
それを持っている人は、そういない。
……私は、そんなあなたを利用するつもりで近づいた。
でも。
近づいて気づいたの。
(怖いのは、私のほうだ)
あなたが何を思って私を見ているのか、わからない。
どこか達観していて、どこか捨てていて、でも完全には壊れていない。
私が長年積み上げてきた「完璧」という仮面を、
あなたはたった一言で——揺らしてしまいそうで。
だから、もっと近づきたいと思った。
あなたを見ていたいと思った。
たとえそれが、私の仮面を剥がす行為だとしても。
今日もまた、私は生徒会室の窓辺から、校庭を見下ろす。
視界の端で、高森誠が誰かと話している。
(あの子も、気づいているのね)
彼が、ただの“空気”ではないことに。
そして彼に“物語”が宿り始めていることに。
静かに笑う。
この戦いは、もう始まっている。
仮面の下で、私はそっと唇を噛んだ。
負けないわよ、高森くん。
たとえそれが、私自身を壊すことになっても。