第5話:白川紗月の“条件”
金曜の放課後、生徒会室の空気は静かだった。
書類整理も終わり、モニターにはグラフ化されたアンケートデータが映っている。
その中心に立っていた白川紗月は、今日も完璧だった。
ピシッと整った制服に、落ち着いた黒髪のポニーテール。
冷静沈着な性格と、その頭脳。
クラスでも、学年でも、“近寄りがたい才女”として知られている彼女——
……なのに、今その彼女が、僕の真正面に座って、紅茶を出してきた。
「ほら、飲んで。高森くん、最近ずっと手伝ってくれてるから」
「……なんか、こういうのって、すごいギャップある」
「そう?」
「普段、こういうことしなさそうって思われてると思うよ」
彼女は小さく笑って、湯気の立つカップを軽く押し出した。
「噂通りじゃ、面白くないでしょ?」
「……確かに」
紅茶は、ほんのりと甘く香るアールグレイだった。
温度もちょうどいい。
なんだか、このひとつの気遣いに、彼女の精密さがよく表れていた。
「ねぇ、高森くん」
「ん?」
「……これから、もっと大きなプロジェクトに関わってみる気はある?」
「“もっと大きな”?」
「学年単位じゃなくて、学園全体の傾向分析。教師との交渉。公式な場での発表もあるわ」
僕は少し考え込んだ。
責任の重さは、正直に言って怖い。
「……俺に、それだけのことができると思う?」
問い返すと、彼女はまっすぐな目で答えた。
「私はできると思ってる。だから、今こうして話してるのよ」
迷う理由が、だんだん薄れていくのを感じた。
信頼してくれる人がいる——
たったそれだけで、人は前に進めるんだなって思った。
「……じゃあ、やってみるよ」
「ありがとう。心強いわ」
紗月は一度目を伏せ、何かを確かめるように、ゆっくりと続けた。
「ただし……ひとつ、“条件”があるの」
「……条件?」
「これから何があっても、私の側に立って」
「え……?」
「周囲がどう言おうと、私を信じて、支えて。……そうでなきゃ、この先のプロジェクトは進められない」
彼女の言葉は静かだったけれど、その瞳には一切の迷いがなかった。
これは、試されているんだ。
僕自身が、本当に彼女の“パートナー”になれるのかどうかを。
迷いは、なかった。
「わかった。俺は、白川の側に立つよ」
その瞬間、彼女はほんの少しだけ——心から安心したように、笑った。
それは、誰も知らない“白川紗月”の一面だった。
下校時刻。
校門の前で待ち伏せしていたかのように、桐生美琴が僕を見つけた。
「……誠くん」
「また?」
「……ほんとに、あの子と一緒に動いてるんだね」
「そうだけど」
美琴は、何か言いたげに唇を開きかけて、すぐに噤んだ。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……なんで、私のときは、そうしてくれなかったのかな」
その言葉に、僕は立ち止まる。
けれどすぐに、ゆっくりと、静かに言葉を返した。
「……だって、美琴は、最初から俺を“信じて”なんかいなかったから」
彼女は、何も言い返せなかった。
黙って、唇を噛んで、立ち尽くしていた。
やがて僕は振り返り、歩き出す。
後ろから声はかからなかった。
もう、僕の歩いてる道は——彼女とは違う場所にあるんだから。
本日はここまでになります。
明日以降順次更新していきますね。
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