第3話:冷笑と注目の交差点
翌朝、登校した時点で、僕は明らかに“目立っていた”。
「おはよう、た・か・も・り・くんっ!」
普段あいさつすら交わさないクラスメイトの女子が、なぜか過剰にフレンドリーに声をかけてきた。
「……お、おはよう」
反射的に返すと、彼女は満足げに頷いて席へ戻っていった。
視線を感じる。
教室全体が、妙に“僕”を意識していた。
昨日までは、誰も僕に興味など持たなかった。
透明な背景の一部。それが僕のポジションだった。
でも今は——
白川紗月が、僕に接触したという「事実」ひとつで、世界の見え方は変わるらしい。
「なぁ、高森って、何か特別な関係なのか……?」
「白川さん、ああ見えて結構好みうるさいらしいぞ? なのにあの地味男……?」
「もしかして……“隠れた実力者”? え、やば」
そんなざわめきが、教室を満たしていた。
でも、当の本人である僕は、特に何も変わっていない。
ただ、求められたことを静かにやっただけ。
それだけなのに、なぜか周囲は色眼鏡で見るようになってしまう。
これが“評価の逆転”ってやつなのか。
(面白いもんだな……)
窓の外を眺めながら、僕は自嘲気味に笑う。
そのとき、視線の端で、ひとつの動きを捉えた。
後方席——桐生美琴が、筆箱を落とした拍子に、僕のほうを見た。
一瞬、目が合う。
けれど、彼女はすぐに視線を逸らした。
その頬がわずかに赤く染まっているように見えたのは、気のせいではなかった。
放課後、生徒会室に呼ばれた僕は、紗月と2人で新しい資料を確認していた。
「……ふむ。やっぱり、班内の“意見形成”って、一部の発言者と空気読みだけで成立してるのね」
「数字にすると、わかりやすいよな。協調性が評価される裏で、何も考えてないってこともある」
僕がそう言うと、紗月はふっと微笑んだ。
「やっぱり、あなた面白いわ。……ただの“地味男子”なんかじゃない」
「俺はただの観察魔ですよ」
「その“ただの”が、今の学園には少なすぎるのよ」
彼女の視線は、どこまでも真っ直ぐだった。
「高森くん。あなた、自分で気づいてる?」
「何を?」
「——周囲の評価が、変わってきてる。あなたはもう“透明”なんかじゃない」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
自分で望んだ“透明”という居場所。
それを手放すことへの不安と、どこかにある高揚感。
そして、それに伴う“もうひとつの視線”——
帰り道、校門の前。
僕の名前を呼ぶ声が、再び背後から届いた。
「誠くん……!」
振り返ると、美琴が、走ってくるようにして近づいてくる。
「……今いい? ちょっとだけ、話せる?」
「……いいけど」
彼女は立ち止まり、制服の袖を握るようにして小さく深呼吸した。
「……その、ちょっと聞きたいことがあって……」
「なに?」
「……白川さんと、どういう関係なの?」
少し間を置いて、僕は答えた。
「協力関係。生徒会関連のデータ集計。……それだけ」
「……ふーん」
美琴は視線を泳がせながら、声のトーンを落とす。
「……なんか、最近の誠くん、ちょっと違うよね。前より……なんていうか、芯があるっていうか……」
「“普通”じゃなくなった?」
「っ……そんなこと、言ってない!」
彼女の声がわずかに上ずる。
でも、僕はそれ以上何も言わず、鞄を持ち直した。
「じゃあ、俺、もう行くよ」
「……待って」
その一言には、明確な焦りが混じっていた。
だけど僕は、立ち止まらない。
「今さら、気づいても遅いよ」
僕の言葉に、彼女は何も返せなかった。