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第19話:わたしたちの輪郭

「“あなたたちは誰の代表ですか?”……か」


僕は配布された意見フォームの中の一文を、もう一度ゆっくり読み返した。


書いたのは匿名。だが、その問いはあまりに鋭く、静かに僕たちの足元を突き刺していた。


「生徒会は“全体の代表”って建前で動いてるけど、実際には一部の声しか反映されてない、って――」


仁科が淡々と読み上げる。


「私たちが“誰かの正義”を拾いすぎた結果、別の“誰かの違和感”を押し潰してきた……ってことか」


「……それは、否定できないかもしれない」


紗月がそう言ったとき、少しだけ声が震えていた。


僕たちはこれまで、“沈黙させられた人たち”に目を向けてきた。

でも気づけば、“話さない自由”や“関わらない選択”を望む人の存在に、鈍くなっていた。


「わたしたち」という言葉の輪郭は、思っていたよりずっと曖昧だった。


その日の夜、僕は一人で校内を歩いた。


展示室には誰もいなかった。

でも、“問いの余白”に貼られたカードが一枚だけ、増えていた。


「沈黙しているからって、無関心とは限らない。

 “語る勇気”より、“語らない強さ”もあると思う」


その文字は、淡々としていた。でも、重かった。


翌日。生徒会ミーティングの議題は、一つだった。


「“共話モデル”を、どうするか」


モデルは予想以上に広がった。けれど、同時に“疲弊”も生まれ始めていた。


「意見の表明を“道徳”にしてしまっては、いけない」


「変えなきゃいけないのは“声の数”じゃなくて、“空気の密度”」


「もう一度、“私たちは何をしたいのか”を問い直す時だ」


そして紗月が、静かに言った。


「——モデルの名前を、変えたいの」


「え?」


「“共話”じゃない。もっと、“曖昧で、でも優しい言葉”にしたい」


彼女は一枚の紙を取り出した。そこに、こう書かれていた。


輪郭線ラインモデル


語る人、語らない人、近づく人、離れる人。

その全部が、“私たち”の輪郭を形作っている。

誰もが無理なく、曖昧に、でも確かに関われる形へ。


「……それなら、“関わらない自由”も肯定できる」


「声にならない思いも、“輪郭”として尊重できる」


「これは、“答え”を求めないモデルだね。“存在”を描くモデル」


僕は、頷いた。


「名前が変わることで、方向も変わる。

 でもそれは、後退じゃない。“進み方を変える”ってことだ」


その週末。

生徒会は「輪郭線モデル」への移行を全校に発信した。


その文面の最後には、こんな一文が添えられていた。


わたしたちは、はっきりとは見えません。

でも、そこに確かに“在る”ものを、これからも見つめ続けます。


ある日の昼休み。教室の窓際で、美琴がぽつりと呟いた。


「“わたしたち”って言葉、前よりずっと遠くなった気がする。でも……」


「……でも?」


「そのぶん、ちゃんと“誰か”に近づけてる気がする」


「……ああ。そうかもしれないな」


風が吹いて、ノートの端をめくった。


そこにあったのは、白紙のページ。


でもそれは、何も書いていないからこそ、何だって描ける“余白”だった。



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