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第17話:君の声が届いた日

梅雨が明け、蝉の声が騒がしくなった。


そんなある日の放課後、生徒会室に戻ると、一通の封筒が机の上に置かれていた。

差出人は――「匿名」。


でも、それはいつものような無記名の投書ではなかった。

封は丁寧に閉じられ、便箋は三枚。すべて、同じ筆跡だった。


紗月と美琴も、その場にいた。


「読んでいい?」

「……ええ、もちろん」


僕は一枚目をそっと開いた。


「これは、ずっと言えなかった“あの時”のことを書いた手紙です。

 どうして今になって書こうと思ったのか、自分でもまだうまく言えません。

 でも、“あなたたちの活動”が、少しずつ、私の中の何かをほどいていきました」


そこから始まったその手紙は、淡々としていた。

でも、そこに記された記憶のひとつひとつが、静かに胸を締めつけた。


「私は中学の頃、風紀委員の推薦で“問題児”と判断されました。

 遅刻、服装、無断欠席。理由を聞かれることは、一度もありませんでした。

 当時の担任は、“規則を守れない子に未来はない”と言いました。

 でも実際は、家庭内のこと、病院の通院、いろんな理由が重なっていたんです」


「高校に入ってからは、ずっと“目立たないこと”を第一に生きてきました。

 褒められなくていい。ただ、何も言われずに通り過ぎたい。

 それが、私の“安心”でした」


「だから、あなたたちが始めた“共話モデル”が、最初は怖かったです。

 自分の過去を、再び見られてしまう気がして。

 でも、“語らない自由”を認めてくれる姿勢に触れて、ようやくわかりました。

 これは、“強い人のための場”じゃない。

 “まだ声にならない人のそばにいてくれる場”なんだと」


三枚目の最後には、こんな言葉が記されていた。


「ありがとう、とは言えません。まだそれほど、私は前を向けていないから。

 でも、この手紙を書くことで、私は少しだけ“ここにいてもいい”と思えました。

 この場所に、心の底から感謝しています」


読み終えたとき、しばらく誰も口を開かなかった。


やがて美琴が、そっと言った。


「……これが、変化の“証”なんだね。数字じゃなくて、“生きてる証”」


紗月も、小さく頷く。


「正義じゃなくて、“存在の許可”。

 それを渡せたなら、きっと、私たちのやってきたことは間違いじゃなかった」


翌日。


僕たちは、その手紙を展示しようとはしなかった。

あの言葉は、“共有”のためではなく、“届くべき場所に届いた”証だったから。


でも、展示の片隅に小さな言葉だけを残した。


「あなたが“ここにいてもいい”と思えた日。

 私たちもまた、“ここにいる意味”を見つけました」


夕暮れ。

生徒会室のドアが開き、一人の生徒がそっと顔を覗かせた。


「……あの。私、“何か書いてもいいですか?”」


その問いに、僕たちは、何も言わずにうなずいた。


“声”が届いた日。

それは、同時に、“次の声”が生まれる日でもあった。

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