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第16話:言葉を手放すとき

共話モデルが広がるにつれ、生徒たちの“声”は以前よりずっと届くようになった。

自由記述の投稿数も、当初の倍以上。

ことばの種展には新たな言葉が日々追加され、展示エリアも増設された。


けれど、ある日——ふと、違和感が訪れる。


「……最近、“書かない生徒”が増えてきてる」


生徒会室でそう言ったのは、美琴だった。


「全体数は増えてるけど、“ある層”が、ピタリと止まったままなの。

 特に、去年からずっと無記名で送ってくれてたあの子たち。

 声が途絶えてる」


一見すれば、それは「落ち着いた証拠」にも見える。

けれど、美琴は静かに言った。


「……安心してるんじゃなくて、

 “語らなくてもいい空気”になってきてるんじゃないかって、不安になる」


彼女の言葉に、紗月が小さく頷いた。


「“語る自由”は、“語らない自由”と背中合わせ。でも……」


「でも、黙っている理由が“諦め”だったら、それはただの後退」


数日後。僕たちは、共話モデルに参加していた一部の生徒に話を聞いて回った。


何人かは、こう言った。


「もういいかなって。なんか、今さら言っても仕方ない気がして」

「雰囲気は変わった。でも、自分の中は、変わってないから」


別のある生徒は、展示された“ことば”を指して言った。


「綺麗すぎる。“こうあるべき”って圧みたいなものを、感じるときがある」

「言葉を出すのに、“正しい形”が必要みたいな空気ができてる。……しんどい」


ハッとした。


僕たちは、「声を出しやすい場」を作ってきたつもりだった。

でもそれは、「こういう声なら歓迎される」という無言の線引きを生んでしまったのかもしれない。


その夜。生徒会の内部ミーティングで、僕はこう提案した。


「……“語らない自由”にも、耳を傾けたい」


紗月が静かに目を閉じた。


「“語らない”という選択が、“関わらない”ことじゃないと証明する場。

 ……難しいけど、必要かもしれないわね」


僕たちは新たに、『ことばの余白展』という企画の取り組みを始めた。


展示されたパネルの一部に、何も書かれていないスペースをあえて設けた。


その横に、ただ一つの言葉だけを添えて。


「あなたが“語らない”ことも、私たちは忘れない」


さらに、匿名フォームに「何も書かずに投稿」できるボタンを設け、

それもひとつの“意思”としてカウントされるようにした。


最初の一週間、その“空白”は、ただ空白のままだった。

でも、二週目の終わり、掲示板の端に、小さな付箋が貼られていた。


「私は、“語れなかった側”です。

 今も、たぶん語れません。

 でも、この余白に、少しだけ心を置けました。ありがとう」


その下には、別の付箋が続いていた。


「私も。言葉にするには、まだ足りないものが多くて。

 でも、“いていい”って思えた」


それは、「言葉のない言葉」だった。


けれど確かに、そこには温度があり、揺らぎがあり、

誰かの心が“今”にいる証だった。


紗月がぽつりと呟いた。


「……問いを投げて、答えが返ってこないと、不安になる。

 でも、答えなかったこと自体が、“答え”のときもあるのね」


僕は頷いた。


「声を集めることが、目的じゃない。

 沈黙さえも“共にある”と認められたとき、ようやく“共話”になるんだと思う」


光は、強く差すものだけじゃない。

ただ、そこにあることで、誰かを支えることもある。


言葉もまた、そうだ。


“語る”ことと、“語らない”こと。

そのどちらにも、同じ重みと尊厳があることを、

僕たちはようやく、理解しはじめていた。

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