第15話:雨のあと、光
静かだった梅雨が、ようやく終わろうとしていた。
生徒会室の窓から差し込む光は、どこか柔らかく、穏やかだった。
けれど、その光の中で、僕たちが踏みしめてきた足跡は――決して軽くはなかった。
共話モデルは、さまざまな声を受けて小さく変化を重ねていた。
委員の選び直し、匿名での評価制度、サポート機構の設置。
どれも「完璧」にはほど遠い。けれど、「向き合う姿勢」だけは、明確になっていた。
放課後。
いつものように生徒会室に戻ると、美琴がすでに来ていた。
「……これ、見て」
差し出されたのは一通の便箋。手書きの、丁寧な文字だった。
「私は、あの日、声を飲み込みました。
“わざわざ言うほどじゃない”と思ってた。
でも、今は少しだけ、言える気がします。
“私も苦しかった”って。
この場所が、“それを許してくれる空気”を持ってくれたから。
ありがとう。まだ怖いけど、前よりずっと、ましです」
黙って読み終えると、自然と息が深くなった。
声を出す勇気。
それを受け止める場所。
僕たちが作ろうとしてきたのは、きっと「制度」じゃない。
“人と人が関われる余白”。
その後、生徒会主催で一つの小さな企画が立ち上がった。
『ことばの種展』——匿名メッセージの展示企画。
共話モデル発足以来、生徒たちから寄せられた自由記述の中で、
とくに「誰かに届いてほしい声」だけを、許可を得た上で展示に使う。
ルールは一つ。
内容の重さや深さを問わず、「正直な気持ち」であること。
教室の一角。
廊下の掲示板。
図書室の静かな一角。
それぞれに、小さな“声のかけら”が並べられていった。
「最初は、こんなふうに展示されるの怖いって思ってた」
「でも、あそこに自分と似た言葉があって……少し泣きそうになった」
「“誰かも同じだった”って、思えるだけで、ちょっと頑張れる気がした」
そんな声が、少しずつ届く。
言葉は、力になる。
でもそれは、「発信者が強いから」ではない。
むしろ、弱さを開く勇気が、
誰かの「心の扉」をノックするのだと、僕たちは気づいた。
ある日、展示を見ていた一人の一年生が、僕に近づいてきた。
「先輩……これ、書いたの先輩たちですか?」
「ううん。みんな、生徒たちの声だよ」
「……じゃあ、私も書いていいですか。“今、少し苦しい”って。
でも、“それでもまだ、ここにいたい”って。そういうのでも、いいですか?」
僕は笑って、言った。
「もちろん。それが“声”なんだ」
雨が止んだ校舎の外。
濡れた地面に、陽の光がやわらかく差し込む。
そこに浮かぶのは、小さな“虹”。
派手じゃない。でも確かに、美しかった。
僕たちがこの数ヶ月で得たもの。
それはきっと、“完璧な正しさ”じゃない。
むしろ――
「未完成のまま、他者と関われる場」。
それが、「光」の正体だったのかもしれない。




