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僕を見下した元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきたけど、もう遅いよ  作者: 朝陽 澄
第1章:見下されて、自由になった日
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第2話:僕を捨てた理由、僕に近づく理由

昼休みが終わり、5時間目の現代文の授業が始まっていた。

 教師の声は抑揚がなく、ページをめくる音とチョークの擦れる音だけが教室に漂っている。


 けれど、僕の周囲だけは少し違っていた。


「高森って、白川さんと何の話してたんだろ……」


「付き合ってんのかな? いや、さすがにないか……ないよな……?」


 小さな噂話が、消えないさざ波のように広がっていく。

 いつもなら誰にも意識されなかった“透明な僕”に、妙な注目が集まっていた。


 


 そしてその視線の一部には、明確な動揺が混じっていた。


 それは、僕の斜め後ろの席から投げられていた。

 ——桐生美琴。

 かつて僕を「普通すぎる」と言って切り捨てた、元カノ。


 授業中にも関わらず、彼女は何度か僕を見ていた。

 顔を上げたとき、目が合いそうになると、慌てて視線を逸らしていた。


(……なんだよ、それ)


 僕は教科書に視線を戻し、余計な感情を閉じ込めた。


 


 放課後。

 机に教科書をしまって帰ろうとしたとき、声がかかった。


「……高森くん、ちょっといいかな?」


 聞き慣れた声。

 振り返ると、美琴が、ほんの少しだけ眉を下げて僕を見ていた。


「……何か用?」


「いや、あの、ちょっとだけ……話したいことがあって」


 彼女は落ち着かない様子で、ちらちらと周囲を気にしている。

 プライドの高い彼女が、こんな態度をとるのは珍しい。


 僕は一拍置いて、無表情で答えた。


「ごめん、これから生徒会室に行く約束があるんだ」


「え……?」


「じゃあ、また。……何か急ぎなら、明日にでも話してよ」


 そう言って僕は、鞄を肩にかけて教室を出た。




 その足で生徒会室に向かうと、白川紗月が待っていた。


「時間ぴったり。几帳面ね、高森くん」


「こういうの、遅れたら面倒だろ」


「ふふ、真面目なのはいいこと」


 生徒会室の窓際の席に座り、彼女はパソコンの画面を操作しながら言った。


「じゃあ、まずはこの資料を見て。生徒間アンケート。建前ばかりだけど、興味深い傾向が出てる」


 僕は受け取ったプリントに目を通しながら、口を開いた。


「……班ごとの発言比率、同調圧力の強さ、中心人物とそのサブ層……なるほど。これは“見せかけの平等”だ」


「やっぱり、すごい観察力ね」


 そう言って微笑んだ彼女の顔は、教室で見せるそれよりずっと柔らかかった。


「高森くんって、不思議な人」


「そうかな。むしろ“よくいる地味男子”って言われるよ」


「自分を客観的に見られる人って、案外少ないのよ。でも、あなたは違う。だから、もっと見てみたいと思ったの」


「……何を?」


「あなた自身を。生徒会の仕事を通して、ね」


 言葉に特別な感情は混じっていなかった。

 けれど、それでもほんの少しだけ、胸が熱くなるのを感じた。


 誰かに、能力を認められるというのは、やっぱり嬉しいことだった。




 生徒会室を出ると、昇降口の柱の陰に、ひとりの姿があった。

 桐生美琴。


 彼女は、僕に気づくと少しだけ目を見開いて、小さく口を開いた。


「……ねえ、誠くん」


「……なんだよ」


「さっきはごめん、変なこと言って。ほんとに、ちょっとだけ話したかっただけで」


「用件、ここで手短に言って」


「えっと……最近、なんか……変わったよね、誠くん」


 彼女の声は、どこか遠慮がちだった。

 自信に満ちた“あの桐生美琴”のものとは思えない。


 僕は、できるだけ感情を込めないように返す。


「そうか? 変わったのは、君の見てる“僕”なんじゃない?」


「……っ」


「じゃあ、俺、もう帰るわ」


 言葉を残して、僕は校門をくぐった。


 後ろから声はかからなかった。

 ただ、振り返らなくてもわかる。


 彼女は、まだそこに立ち尽くしていた。


 でも、もう僕は——


 

 過去の自分には戻らない。

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