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第9話:校則という名の沈黙

水曜の昼休み。生徒会室には、まだ梅雨の湿った空気が漂っていた。


「……この校則、誰が何のために決めたんだろうな」


僕は、机に広げたプリントを見ながら呟いた。


【現行校則 抜粋】

・生徒は髪を染めてはならない。

・女子はスカート丈を膝下とする。

・男子はツーブロックを禁止する。

・スマートフォンは学校敷地内での使用禁止。

・下校時刻は18時を厳守。


「誰が決めたか、じゃない。“決められたまま”、変わらずに残ってるの」


紗月は眼鏡を押し上げながら、冷静に言った。


「……つまり、“理由”が失われた校則、ってことか」


「そう。機能も意味も形骸化して、それでも誰も見直さない。だから“当たり前”として息をしてる」


「でもさ、誰かが破ろうとすると、“罰”はある。変わらないくせに、取り締まりだけは厳しい」


「だから、“ルール”じゃなくて、“支配”になってるのよ」


僕らは目を合わせた。


「——始めよう。“校則見直し案”、生徒側から出す」


生徒会からの告知は、翌日昼休みに掲示された。


【生徒提案による校則見直しアンケート】


あなたが「変えたい」と感じる校則はありますか?

どんな理由で、どう変えるべきだと思いますか?

※意見は自由記述・匿名・誹謗中傷は不可。


例)「髪型の自由化」→個性の尊重や、家庭の事情によっては染めている子もいる

「スマホ使用」→昼休みの利用を限定的に認めるなどの妥協案は?


目的は明確だった。

“声を集め、構造を揺らす”。


週末までに届いた意見は、驚くほど多かった。50件を超えていた。


そのほとんどが——「見直しを望む」声。


「スマホ禁止はわかるけど、連絡で必要なときもある」

「スカート丈を注意された。でも寒い日だった」

「髪色で“ヤンキー”扱いされて、親とケンカになった」

「ツーブロック=不良、っていう考えが古い。美容師の友達も笑ってた」


紗月は言った。


「……予想以上。“息苦しさ”に気づいてる生徒は、ずっといたのよ」


僕は、少し迷った後で一枚の意見を指さした。


『ルールを破るつもりはない。でも、話を聞いてほしいだけ。決めつけられるのがつらい。』


静かな声だった。叫びではなく、願いだった。


翌週、僕らは“見直し案”の草案を作り、教員会議に“提案書”を提出した。

校則の一部条項の見直しを求める、生徒会からの公式な申し入れだ。


——そしてその翌日。


職員室前の廊下に貼り出された掲示。


【校則見直しに関する教員側見解の発表】


《現在の校則は、生徒の安全と秩序を守るために存在しています。

しかし、生徒会の問題提起は、真摯な対話の第一歩として受け取ります。

今後、校則の一部について“協議の場”を設ける予定です。》


「……通ったな」


「まだ通ってはいない。“場”ができただけ。でも——」


「でも“壁”に、最初のヒビが入った」


放課後、生徒会室。ドアをノックして入ってきたのは——桐生美琴だった。


「あの……ちょっと見たよ、掲示板。校則のやつ」


「うん。なんとか、ここまで来た」


美琴は、小さく笑った。


「……私、ちょっとだけ、嬉しかった。中学のとき、髪色のことで友達が叱られてて。何もできなかったの、思い出した」


「言えなかったのか?」


「うん。言ったら、自分も責められるってわかってたから。でも、今なら——“言ってみたい”って、思う」


「今からでも、遅くないよ」


紗月が紙を差し出した。


「“提案”を出して。“個人”としてじゃなく、“声”として」


美琴はその紙を、少し震える手で受け取った。


「……ありがとう。ほんとに」


——その夜。


僕の机の上に、また一枚のメモが置かれていた。


だが、それは“警告”ではなかった。


【応援してます。確かに変わるかもしれないって、初めて思った。】


名前はなかった。でも、その文字には“恐れ”ではなく“希望”が滲んでいた。


“沈黙”の支配していた校則。

それを揺らすのは、怒りでも怒声でもない。

ただ、小さくてもまっすぐな、ひとつずつの“声”だった。


——変化は、確かに進んでいる。

静かに、でも確実に。

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