スピンオフ:白川紗月サイド :檻の中の真実、白紙の履歴書
白川紗月として、ここにいる私は——嘘で塗り固められた存在だ。
この名前も、経歴も、すべて“再構築”されたもの。
誰にも知られず、誰の記憶にも残らないように、慎重に、緻密に仕組まれた“白紙の履歴書”。
本当の私は神原紗月。
2年前、とある中学で起きた“ある事件”の中心にいた少女。
それを知る者は、もうほとんどいない。
あるいは、口をつぐむことを強いられている。
——あの事件の記録は、公式には存在しない。
けれど、私は忘れられない。
ひとりの女生徒が教室で泣いていた。
彼女の机には、私の名前を模した落書きと、中傷の言葉。
「全部、紗月のせいだよ……」
そのとき、私は自分の中で何かが壊れる音を聞いた。
優等生だった。
教師の信頼も、成績も、すべて手にしていた。
でも、たったひとつ、私は気づかなかった。
——人の“影”を見落としていた。
支配したつもりでいた空気は、私に反発し始めていた。
正しすぎる私を、周囲は“排除すべき異物”として見始めていた。
そしてある日。
“彼女”は自ら命を絶とうとした。
その瞬間から、私の“神原紗月”という人生は終わった。
保護観察。審査委員会。
両親は遠方に転勤し、私は“白川紗月”として再出発した。
今でも夢に見る。
あの教室、ざわめく声、冷たい視線。
私を英雄と称えた後、すぐに“悪”として吊るし上げた世界。
「もう、間違えない」
そう誓って、私は今ここにいる。
この学校では、ミスをしない。感情も露わにしない。
全員を冷静に分析し、敵も味方も把握して、正しく動かす。
でも——
(……高森くんだけは、違う)
彼の視線は、私の“表面”じゃなく、“奥”を見ようとする。
観察力。疑問。
その全てが、私の秘密の檻を、少しずつ揺らしてくる。
(バレたら、すべてが終わる。私は、また失う)
けれど。
(もし彼になら、知られてもいいと思ったら……私は、それを“救い”と呼ぶのだろうか)
そんな甘さを、私はまだ切り捨てられずにいる。




