第5話:破られた沈黙、告発の矛先
木曜の放課後。生徒会室。
今日の会議は、重かった。
空気が、というより「現実」が、静かにのしかかっていた。
机の上には、再び一通の“封筒”が置かれていた。差出人不明。中身は——
「……これは、相川玲奈さんの件に関する“反論”ね」
紗月が淡々と読み上げる。
「『生徒会が一方的に偏った情報を流している。現場の実態も知らず、正義を振りかざすのは傲慢だ』——とあるわ」
「完全に、こっちを“監視者”から“加害者”に変えようとしてるな」
「しかも、これ……風紀委員会ではなく、“文化委員会”内部からの声」
「つまり、あの内部にも“玲奈を疎んでいた誰か”がいたってことか」
紗月は黙って頷いた。
相川玲奈。
前回の“モデルケース”として、生徒会広報に匿名掲載した彼女の体験は、一部の生徒から静かな共感を得た。
しかしそれと同時に、反発の声も水面下で蠢いていた。
“黙っていた者”が、“暴かれた”ことに怒っているのだ。
「……予想はしてた。でも、早いわね」
「向こうも焦ってる。こっちの動きが思った以上に影響を与えてるってことだ」
すると紗月は、ゆっくりと立ち上がった。
「——じゃあ、次は私たちから“問い”を投げる番ね」
「問い?」
「私たちが正しいかどうか、それを“生徒たち”に問う。賛否を含めて、“透明な形”で集めるのよ」
「アンケートか?」
「ええ。ただし、今回は“意見募集”として。自由記述形式。匿名で、だけど、誹謗中傷は削除対象にする」
僕はしばらく考えてから言った。
「……俺が、設問を作るよ」
「お願い。あなたの視点で、“今、知るべきこと”を抽出して」
放課後の教室に戻り、僕はPCを開いた。
机に向かう僕を見て、何人かの生徒がちらりと目を向けたが、声をかけてくる者はいない。
構わない。
僕は、“問い”を考える。
◆匿名意見募集フォーム(生徒会主催)
Q1:あなたは、生徒会の現在の活動方針(内部問題の是正・透明化)についてどう感じますか?
□ 賛成 □ 反対 □ どちらとも言えない
Q2:学校生活で「見過ごされている不公正」や「沈黙を強いられた経験」があれば、自由に書いてください。
Q3:自分の意見が尊重されると感じる場面は、学校内にありますか?
翌日。
“匿名意見募集”は、生徒会掲示板とHR配布プリントを通じて全校に発信された。
反応は——即座だった。
休み時間、廊下で。
「見た? 生徒会のアンケート」
「なんか……言いたいこと、少しあるかも」
教室内でも、話題にする者がちらほら現れた。
そして放課後。
生徒会室に集まった僕と紗月のもとに、早速20件を超える自由記述が届いていた。
中には単なる愚痴もある。だが——
「……これ」
紗月が一枚の意見を指さす。
『風紀委員長の桜井くんは、明らかに男子の言うことしか聞かない。女子が抗議しても“感情的”の一言で片付ける。ずっと我慢してきたけど、もう限界』
「……内部だけじゃない。“被害”は、周囲にも広がってたんだな」
「予想していたより、ずっと深い」
そのとき。
——ドアが、ノックされた。
「失礼します。……少し、話せますか?」
そこにいたのは、意外な人物だった。
桐生美琴。
かつて僕が想いを寄せ、そして離れた少女。
今はただの同級生。けれどその瞳には、いつかと違う“決意”の光があった。
「……私、“風紀委員の補佐”してる子に聞いた。委員長、内部で本当に問題になってるって」
「……それで?」
「私、協力する。匿名でもいいなら、私も“見たこと”を書きたい」
少し迷いながらも、美琴は言った。
「……前は、何も見てなかった。でも今は、見える。ちゃんと、見ようとしてるから」
僕はゆっくり頷いた。
「……わかった。じゃあ、その声、俺たちが受け取るよ」
紗月は、美琴にひとつの紙を渡した。
「この“声”が、“壁”を揺らす最初の一撃になるわ。ありがとう、桐生さん」
その日。生徒会室にまた一つ、“真実の声”が届いた。
だがそれと同時に、僕の机には——一通の“警告メモ”が置かれていた。
「正義ヅラ、いい加減やめろ。全部バレてるぞ」
筆跡は、わざと乱されていた。
匿名で、言葉で、静かに人を殺す——そんな連中が、まだ息を潜めている。
でも、もう止まらない。
“声”が集まり始めた以上——
それは、“変化”の兆しだ。




