第3話:風紀の影、沈黙の規律
昼休み、生徒会室。
紗月は、机の上に数枚の紙資料を並べた。
その中心にあるのは、風紀委員会の「活動記録簿」と題されたコピー。
「表向きは、生徒指導。遅刻、服装、私語……でも、チェックされるのは“いつも同じ生徒”」
「……偏ってるな。男女比も、学年も」
「特にターゲットにされているのが、2年の三枝沙耶。服装違反を理由に、何度も呼び出されてる」
僕は資料を手に取り、写真を一枚見つけた。
“違反の証拠”として提出された写真——ボタンがひとつ外れていた制服。だが、どう見ても故意ではなく、自然な着崩れの範囲だ。
「監視というより……私刑だな、これ」
「ええ。風紀委員長の桜井渉。彼が、規律の名のもとに“基準”を私物化してる可能性がある」
名前を聞いて、僕は小さく反応する。
「桜井……中学のとき、同じクラスだった。あいつ、正義感ってより“支配”が好きなやつだった」
紗月はわずかに眉を寄せた。
「個人情報を暴く気はない。でも、制度の“悪用”は、例外なく記録すべき」
その言葉に、僕は頷く。
放課後。僕は校舎の裏手で、三枝沙耶を見つけた。
制服の裾を気にしながら、どこか怯えた表情をしている。声をかけると、彼女は一瞬警戒した。
「……私、また何か違反してました?」
「違う。今日はただ、話を聞かせてほしくて」
彼女は、しばらく迷った末に、小さく息を吐いた。
「……毎週、呼び出されて。“みんなの見本になれ”って。最初は真面目に応じてた。でも、どんどん要求が増えて……最後には、もう何を直しても注意された」
彼女の手が、制服の裾をぎゅっと握る。
「おかしいって言ったら、“じゃあ委員会に入ってみる?”って……それ、もう脅しでしょ?」
その声には、疲れと諦めがにじんでいた。
「記録、残してる?」
「……日付と、言われたことだけ。スマホに、メモしてます」
「見せてほしい。君の声を、誰かがちゃんと聞くべきだから」
その夜、生徒会室。
三枝沙耶の記録をもとに、僕と紗月は検証を進めた。
「……証言と、桜井くんの報告書。明らかに食い違ってるわ」
「証言の記録を“加工”して、委員会内に回してる可能性があるな。報告書の筆跡も、全部同じだ」
「独断専行の証拠になり得る。ここまできたら、“告発”としてまとめていい」
けれど、そのとき——
ガチャン
生徒会室のドアが、勢いよく開かれた。
「……高森。お前さ、最近やたら嗅ぎ回ってるらしいな」
そこにいたのは、桜井渉だった。制服のボタンまでぴしりと整った完璧な姿。その目は、氷のように冷たかった。
「俺に何か用か?」
「逆に聞こう。お前、何様のつもりだ?」
一歩、踏み出してくる。
「正義?改革?――笑わせんなよ。お前、そんなに偉くなったのか?」
「偉くなんてない。ただ、黙ってる理由もない」
桜井の顔が一瞬だけ歪んだ。その視線が、机の上の資料へと滑る。
「……それ、見せろ」
「断る。これには個人の証言が含まれてる。勝手に閲覧されるものじゃない」
その瞬間、彼の表情が凍りついた。
「……ふうん。いい度胸だな」
睨みつけたまま、桜井はドアを乱暴に閉めて出ていった。
しばらくの沈黙のあと、紗月が低く呟いた。
「——敵、確定ね」
「予想より、ずっと早く出てきた」
「でも、焦ってる証拠よ。桜井くんは、“自分の支配”に手を触れられたことに慣れてない」
その言葉に、僕はわずかに笑った。
「そうだな。だったら、もっと揺らしてやる。……正しく、静かに」
プロジェクターが点灯する。
そこに映ったのは、「風紀委員会の構造と内部報告の不一致」と題された新たな資料案。
これが、次の一手。
僕らは、学園の“静かな戦場”を、少しずつ進んでいく。




