第2話:はじまりの告発、揺れる教室
昼休み、教室。
僕は自分の席で、相川玲奈のノートを読み返していた。綴られていたのは、日常に紛れていた“誰も見ようとしなかった不正”の痕跡。
「——やっぱり、信じていいんだな。これ」
ページをめくるたび、記録の正確さと密度に息を呑む。玲奈は、独りでここまで集めていた。誰にも相談できず、ただ沈黙の中で。
「高森、なに見てんの?」
唐突に声をかけてきたのは、クラスメイトの水原だ。軽口ばかりのやつだが、こういう嗅覚だけは鋭い。
「委員の仕事でな。ちょっとした確認」
「へー……最近、お前ちょっと“生徒会気取り”だよな。なんか……変わったよな」
皮肉の混じる声。笑いながらも、その目にあるのは——不快感。
「変わってないさ。ただ、今はちゃんと“見よう”としてるだけだ」
その返しに、水原は黙った。
放課後、生徒会室。
紗月は、僕の提出した報告案に目を通していた。言葉を選び、事実を損なわず、だが特定を避けた書き方。玲奈の名は伏せ、委員会の実情として“モデルケース”で公開する方針だ。
「いいわね。感情を入れすぎず、でも無味無臭にはしてない」
「ありがとう」
「……高森くん、昨日のメールの件、気にしてる?」
「ちょっとはね。でも、覚悟してた。改革ってのは、誰かの利権を壊すことだから」
紗月は頷いた。
「正直に言うと、私……少しだけ怖い。こういうのって、どこで一線を越えるか、わからなくなる」
初めて見せた、弱さ。
僕は、そっと言葉を置いた。
「そのときは俺が止めるよ。紗月が間違いそうになったら。味方でいるって、そういうことだろ?」
彼女は一瞬、何かをこらえるように目を伏せ、やがて微笑んだ。
「……ほんとに、変わったわね。高森くん」
その夜、生徒会アカウントの掲示板に“モデルケース”が投稿された。
生徒の反応は、早かった。
《これってあの委員会のことじゃ?》
《私も似たような経験ある……》
《名前は伏せてても、気づく人は気づくよね》
意見は賛否両論だった。だけど、少なくとも“波”は起きた。
翌日。
教室に入った瞬間、空気が変わったのがわかった。視線、ざわめき、ひそやかな声。
「……ねえ、これって高森の仕業でしょ」
「マジ?なんであいつが出しゃばってんの?」
僕は席につきながら、気づかぬふりをした。
それでも、ひとりの生徒がそっと声をかけてきた。
「……あの、ありがとう。ああいうの、出してくれて」
顔を上げると、見慣れない女子だった。多分、下級生だ。
「何もできなかったけど、似たようなこと……あって」
小さく会釈して去っていった彼女を、僕はただ見送る。
——こうして、“声”は繋がっていく。
だがその日の放課後。
下駄箱に入っていた白い封筒。無記名。中には、手書きの紙切れ。
《次に暴いたら、お前も壊れるぞ》
怒りではない。冷たい、無感情な脅し。
帰り道、信号待ちの間にスマホを開くと、紗月から一通のメッセージが届いていた。
「次の対象、“風紀委員会”。生徒指導と称して、選抜メンバーだけが特権を持ってる。調べてくれる?」
僕はすぐに返信する。
「了解。資料、ある?」
「一部は手元に。あとで渡すわ。……気をつけてね、高森くん」
スマホの画面を閉じながら、思う。
もう戻れない。だけど、進む先に意味はある。
この声が、誰かを救えるのなら——
これは、始まりだ。




