表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕を見下した元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきたけど、もう遅いよ  作者: 朝陽 澄
第1章:見下されて、自由になった日
1/37

プロローグ:君には、私と釣り合う価値がないから

昼休みの屋上。風が、まっすぐに頬を撫でていく。


 白い雲がどこまでも続く空の下で、彼女は真っ直ぐに僕を見つめていた。

 その目に、かつての優しさはもうなかった。


「……誠くん、ごめん。もう、付き合えない」


 静かに、でもはっきりとした声音だった。

 耳を疑ったりはしなかった。むしろ、心のどこかで予感していた。


「……そっか」


 僕——高森誠は、それだけ返した。


 背筋を伸ばし、目線を落とさず、ただまっすぐ。

 そんな僕の反応が予想外だったのか、美琴は少し眉をひそめた。


「……何か、言いたいことは?」


「理由くらいは聞いてもいいかな」


「……誠くんは、普通すぎるのよ」


 桐生美琴。進学校・私立栄煌学園の2年生。クラスのトップ成績で、運動神経も良く、家は都内に本社を構える不動産グループの社長令嬢。

 いわゆる“完璧なお嬢様”。


 その彼女が、僕と付き合った理由は今でもよくわからない。


「成績も、スポーツも……まぁ、悪くはないけど、特別でもない。服も髪も地味だし、社交性もない。そういうの、最初は新鮮だったけど……やっぱり釣り合ってないなって思ったの」


「……そう、だよね」


「うん。私、ちゃんと将来を考えないといけない立場なの」


 なるほど。そう言われれば納得できる。

 彼女にとって僕は、“普通すぎて将来性がない”人間だったんだろう。


 それでも。

 心のどこかが、きゅっと痛んだ。


「一つだけ聞かせて。僕と付き合ってた時間は、全部無駄だった?」


 僕の問いに、美琴は少しだけ目を伏せた。


「……無駄じゃなかった。でも、時間は戻らないし、前に進まなきゃいけないの」


 ……たぶん、それが彼女なりの誠実な答えなんだろう。

 冷たいようで、実は冷たくない。


 でも、確かに言葉の端々には“見下し”があった。

 そのことに僕は気づいていたし、きっと彼女も、無自覚にやっていた。


「じゃあ、これで終わりだね」


「……うん。誠くんが納得してくれるなら、ありがとう」


 最後に彼女は微笑んだ。

 その笑みを残して、制服のスカートを揺らしながら、彼女は屋上の扉の向こうへと去っていった。


 僕は、しばらくその扉を見つめていた。


 風が、さっきより少しだけ強く吹いた。


 


 そして——


 


(これで、全部終わったんだな)


 


 それが、最初のきっかけだった。

 失ったものは確かにあった。

 けれど同時に、僕のなかで何かが、静かに解き放たれた。


 僕は、もう誰かの理想に合わせて生きる必要はない。

 誰かの“釣り合う”に見合う自分を演じる必要もない。


 もう、媚びない。

 もう、下は向かない。


 この空を、もう一度、まっすぐに見上げるだけだ。


 


 そうだ。

 僕は、自由になった。


 ここから先の僕の人生は、僕自身の意思で選ぶ。


 


 その先で、

 誰かが後悔することになったとしても——それは、もう僕の知ったことじゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ