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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
5/20

4話の2 いざなって

※下ネタがあります。

「うつぼチャンっていくらでヤッてンの?」

「ハ???」


 (うつほ)は箸で掴んでいた玉子焼きを落とした。だって目の前で総菜パンを食べている男が妙なことを言い出すから。なんだ、下ネタか? それはそれで最悪だが。

 妙なことを言い出した男こと紅朱(ルージュ)は、勉強机に落ちた玉子焼きを指先でひょいと摘まんで口の中にぽいと放り込んだ。


 空は開けていた口を閉じる。

 どういうつもりで先程の言葉を放ったのか、全く分からなかったからだ。正直聞き間違いかな、と思っている。

 「コショウ強めだ……」と変な顔で呟く紅朱を見つめる。


「ルージュさん、今なんて言いました?」

「え? 『うつぼチャンいくらでヤッてンの』って言ったケド」


 聞き間違いじゃなかった。困る。非常に困る。どうしよう。

 空はすんとした顔をした。


「私、そんなに遊んでるように見えます?」

「ン? ……いやァ? 見えないけど。……ン?」


 紅朱は空の言葉にキョト、という顔をした後、こてんと首を傾げた。まるでナニ言ってンだコイツ、と言いたげな顔だ。

 空はそんな紅朱を真正面から見つめている。


「ルージュさん、気分を害したらすいません。これからちょっと下品なことを言います。嫌な気持ちになったらぶん殴って貰って結構です」

「エ? ウン」

「私とセックスしたいから体の値段を聞いてるように聞こえました」


 空の言葉に紅朱は「ア~……?」と目線を彷徨かせた。そして、先程の自分の言葉を思い出したのか「アハッ!」と吹き出してケラケラと笑う。


「確かにそう聞こえるかもォ! ごめんねェうつぼチャン。るークンは『うつぼチャンは祓い屋のお仕事、いくらで請け負ってくれンの』って聞いたの♡」

「そっちかぁ」


 紛らわしいにも程がある、と空は思った。

 日光で金色にも見える亜麻色の髪。鮮血のような深い赤色の瞳。名前と同じ真っ赤な口紅(ルージュ)の塗られた艶かしい唇。お洒落に着崩された制服。ふわりと漂う爽やかでありながら刺激的な香り、これはまさか香水か。

 こんな、存在しているだけでえっちな男から冒頭の言葉を聞いたら嫌でもソッチのお誘いかな、と思ってしまう。


「というかうつぼチャンの口から『セックス』って単語出るのすげェ意外」

「……一応、優等生気取ってますからね。幻滅しましたか?」

「興奮する」

「そっかぁ……」


 紅朱はバカ正直に言い切った。

 ここまで綺麗さっぱり言い切られると不思議なもので、キモいとか気色悪いとか、そういうことは思わなかった。ただ、この人はこういう生き物なんだなと妙な理解をしてしまう。

 紅朱が気分を害していないならセクハラにはならないし、逆に興奮するようなら大丈夫だろう。男子高校生なのだからむしろ健全な反応をしているまである。


 空はそれ以上余計なことは言わず、弁当を食べ進めた。

 紅朱も総菜パンにかぶりついた。


 いやこいつ本当に総菜パン食べててもえっちだな。唇は真っ赤でてっかてかだし、舌で下唇舐める仕草や薬指で唇を拭う仕草が大変えっちで良いと思います。早乙女 紅朱、恐ろしい男……!

 いや何を考えてるんだ私は。立ち去れ煩悩。


 空が自身の横っ面を軽く叩いた。バチンとわりと良い音がした。びっくりした。

 紅朱が「ナニしてンの?」と目をパチクリさせた。

 あまり追求されたくもなかったので、さっさと話題を変える。


「それで? 私に何を除霊して欲しいんですか? また性質(タチ)の悪い霊にでも……」


 空は紅朱を視た。


「……憑かれた、訳ではなさそうですね」

「ン。最近はわりと大丈夫。心配してくれたのォ? ありがと♡」

「はぁ。どういたしまして。それで?」


 除霊の話は?

 空が促すと、紅朱は口を開いた。


「るークンの友達が1人、首を絞められて意識不明の重体? になっちゃったみたいでさァ。今病院で入院中。警察沙汰にもなってるってェ」

「はぁ。それがどうして除霊案件に?」

「なンかァ、その子が首を絞められたのって自室らしいンだよねェ。第一発見者はお母サンみたいだし。夕飯に出てこないから自室覗いたら床に倒れて痙攣してたみたァい。窓とか締め切ってたし、なんならマンションの3階に住んでるから外からの侵入とか難しそーだから、人外の仕業かなァって感じィ?」

「なるほど……?」


 生徒が何者かに首を絞められ意識を失い学校に来ていない。そんな話を空は聞いたことはなかった。おそらく学校側が生徒達を不安にさせないように情報制限をかけているのだろう。

 そんな詳しい情報を何故、紅朱が知っているのか。

 空が少し疑問に思って紅朱に確認すれば、その意識を失った人はギャル友らしい。そのギャル友と仲の良いギャル友Bから情報は貰ったとのこと。


 ……なんだギャル友って。


 空の脳内にはガングロギャルが思い浮かんだ。そんなバリバリのギャルって存在してるのかな、とクエスチョンマークが一杯になった。

 だが今は、存在しているか分からないガングロギャルよりも、意識不明になったギャルを気にした方がいいだろう。


「その意識不明のギャル友さん、意識を失う前は何を?」

「知らなァい」

「ええ……」


 なんで私に話を持ってきたんだこの人、と空は少し眉を寄せた。

 紅朱はニッコリと笑った。


「うつぼチャンさァ、放課後時間ある? 一緒にギャル友Bに話聞きに行こ? るークン、そのギャル友Bから相談されたンだよねェ」

「えーと、つまり、ルージュさんからの依頼というよりは、そのギャル友Bさんからの依頼ってことですか」

「そゆこと♡ 多分ギャル友Aのお見舞いに行くって言ってたから病院に行けばいると思う」

「じゃあ放課後にでも行きましょうか」

「はァい♡」


 一欠片になった惣菜パンを口の中に放り込み食べ終えた彼は立ち上がる。

 そして、「じゃあねェ、うつぼチャン♡」と間延びした、あまったるい声と色気しかない笑みで、紅朱は空に手をひらひらと振った。


 えっちだなぁ。

 空の性癖に“えっちな男”が追加された。もはや沼。






*****






 放課後。

 空の教室まで迎えに来た紅朱に連れられたのは、高校の校門。

 紅朱が声をかけた人に、空は「おお」と思わず声が出た。


 ギャルだ。

 プリン頭のギャルが空の目の前にいた。

 発育が大変よろしいボンキュボンな女体に着崩した制服を纏っている。冬なのにスカートは太股半ばくらいまで短く、足には長い靴下……サイハイソックスと呼ばれるものを装備していた。

 バチバチのメイク。少し厚めでプルプルに潤った唇。睫毛なんて上も下もバッサバサである。多分鉛筆を乗せても崩れない。そのくらいの重厚さだった。


 プリン頭のギャルは、空に灯子(とうこ)と名乗った。


「あんたがルージュの言ってる退魔師?」

「退魔師……」


 霊媒師、祓い屋、退魔師。空の副職が定まらない。

 まあ、どれも呼び名が人によって違うだけで内容は似たり寄ったりである。魔を退(しりぞ)ける、という意味では空のしていることとニュアンスは似ているが。

 あまり深く考えなくてもいいか、と空は頷いて「正確には“除霊師”の社 空です」と名乗った。


「除霊のお値段についてですが……まあ、実際に被害者を視てみないと分かりませんけど、50万円以上は覚悟していただけると」

「ごじゅ……!? エ"ッ、そんなにするんだ!?」

「私、非正規なんですよね。前金10万、解決後の報酬で40万、計50万円は確実にいただきます。払えないなら断ってくださっても構いません。ちゃんとした正規のプロを紹介します。詳しい相場は知りませんけど……まあ、数万円はかかると思います」

「良心的なところでそれ?」

「まぁ、はい。依頼人の方はそのくらい包みます。平均がそのくらいかなぁ、と」

「包む……?」

「正規の方だと基本的に依頼人のお気持ちを頂戴するって感じなので……一概にとは言えませんが、料金設定が無いことが多いですかね」

「あー。お寺のお経とかもそんな感じだよね。納得」


 空がスマホを取り出して「それで、どうします?」とすんとした顔のまま首を傾ける。

 灯子は眉を寄せて唸った後、空に頼むことにした。

 灯子曰く、意識不明のギャル友Aは結構ヤバい状態らしい。目が覚めないのもそうだが、首を絞められた痕が全く薄くならないのだそうだ。

 お金を気にして日を改めるより、早く解決して後日死ぬ気で金を稼ぐ方がいいという判断だった。


「では、こちらの契約書にサインを」


 空は契約書とペンを渡す。

 それらを受け取る灯子の爪先を見て、空はギョッとした。

 第一印象がなっっっが。で、第二印象が綺麗だな。だった。

 つけ爪、ネイルチップ、と呼ばれるものか。暗い青色の綺麗なグラデーションと星屑のような飾り。爪先まで気を抜いていない。


 契約書を渡しておいて、空は不安になった。

 ちゃんと署名できるのかな、と。

 文字を書く時、どう考えてもあのつけ爪が邪魔になるだろう。

 最悪、紅朱に代筆して貰うことを考えていたが、ギャルは凄かった。

 灯子は契約書に目を通すと、器用にペンを持ってサラサラと己の名を署名欄にサインした。


 ギャルの爪って凄いな。

 というかギャルが凄いな。

 馬鹿みたいな感想が空の脳内を横切る。


「はい。これでいい?」

「はい。契約成立です。えーと……トーコさん。まずはギャルAさんのところに行きましょうか。どこの病院ですか?」

暁美(あけみ)ね」

「アケミさんですね」






*****






 紀伊公立病院、310号室。

 その部屋のベッドの上に1人の女子が横たわっていた。側のベッドサイトモニターが規則的な音を立てている。

 空達はお見舞いという建前で、不可解な意識不明になった子の原因究明に来ていた。


「この子が暁美だよ」

「はぁ」


 空は暁美の眠っている姿を一瞥する。

 首を絞められた、という話だが、確かにまだ痣が残っている。首を一周するように青黒い手の形と、首を絞めた犯人の霊力がべっとりと残っていた。

 霊の仕業で間違いない。空はそれを確認した後、灯子に目を向けた。


「アケミさんが意識不明になる前って何をしていたか分かりますか?」

「え? いや、そこまでは……あ、でも、休みの日に病院に行ったみたいだから、自室で映画でも見てたんじゃない?」

「映画?」

「暁美、映画鑑賞が趣味だから。あたしも時々誘われるんだよね」


 いい趣味してるな、と空は思った。


「じゃあ、その映画が原因かもしれないですね」

「呪いのビデオ的なやつゥ?」

「多分。実際に映画を視てみないと分かりませんけど」

「ンじゃあ、その暁美チャンの家に行こっか♡」

「そうしましょうか。ここで知りたいことは知れたので、次に行きましょう」


 紅朱の提案に乗ることにした。

 ここでやるべきことはもうない。

 空は灯子に目を向けた。


「じゃあトーコさん。道案内お願いします」

「暁美はどうするの? ここじゃ起こせないの?」

「はい」


 空は頷く。

 灯子は納得がいかないと言わんばかりのしかめっ面をする。


「なんで?」

「魂が抜けてるからですね」

「……は?」


 空は「ここにアケミさんの魂はありません」とも言った。まるで日常会話でもするような、平坦な声色で。


 生命体は心や感情、意志といった精神力エネルギーを生み出す“魂”と、そのエネルギーを生み出す“魂”からエネルギーを受け取り活動する器、かつ、“魂”を守る物理的な守護壁である“肉体”で構成されている。

 この2つはとても複雑かつ緻密に結びついて一体化しており、基本的に離れることはない。

 ただし、何かしらが原因でこの2つが離れてしまうことがある。体から魂が抜けたことを客観的に知覚できる“幽体離脱”などは分かりやすい例だろう。


 魂の離れた“肉体”は、“魂”から活動するためのエネルギーが供給されないため、“魂”が再び宿るまで眠りにつく。

 そして、“肉体”の死は“魂”の残り滓(エネルギー)が失くなれば訪れる。


「“魂”を失った“肉体”は既に死が確定しています。“肉体”が死ねば“魂”が戻っても意識は戻りませんし、蘇りもしません」

「っ……!」

「アケミさんが休日に“魂”を失ったのなら、約1~2日は経っている状態です。あなたの言う通り、結構ヤバいし、状況もかなり悪い。だから、“魂”を早く探し出して、保護して、“肉体”に戻す必要があるんですよ」


 逆に肉体という己を守るプロテクターから離れた“魂”はとても脆く弱いため、外敵からほんの少しのダメージを受けただけで深く傷つき消えてしまう可能性がある。


「こんなところにいても何もできないので早く行きましょう」

「……分かった」


 灯子は深刻な顔をして頷く。

 空はそれを一瞥した後、暁美のベッドの傍にある小さな冷蔵庫の中身を好き勝手に物色している紅朱の名前を呼んだ。

 お前それは自由すぎるだろ、と空は心の中でツッコみながら。

 次の投稿は7月6日、日曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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