12話の3 ▲▲のような安心感
荒雄神社。
そこの鳥居の近くに背中をもたれかけて、手にあるスマホでゲームをするのは、金髪の美男子――紅朱である。
ただ佇むだけでも絵になる彼は、目を休ませるためかスマホの画面から目を離して空を見遣る。雲1つない澄んだ青が視界一杯に広がり、紅朱は白い息をフ、と吐いた。
「……ルージュ」
砂利を踏み締める足音。小粒サイズの石が擦り合う音が数度続けば、目当ての人物が現れた。
まるで日本人形のような女子。その雰囲気ときっちりと着込んだ学校指定の冬服のおかげで誰が見ても優等生だと思うだろう。
彼女は社 空。ここ、荒雄神社の神主の孫であり、とんでもない怨霊に憑かれている女子高生である。
「おはよ♡」
「おはよう」
紅朱が彼女に笑いかけると、彼女はそれにあまり表情を変えずに言葉を返した。
紅朱は背中を浮かせて2本足でしっかりと立つと、自身の目を指差した。
「目ェ大丈夫?」
空のあの澄んだ青い瞳。それが今、片方しか見えていない。
「うん。視力も戻ってるから、後は瞼の傷が治れば完治」
「そっかァ」
正確には、空の左目には眼帯がされていた。中二病チックなものではなく、病院で貰うような白い眼帯である。
「じゃあ行こっかァ」
「うん」
紅朱の隣で歩く空。彼女から視線を感じて、紅朱は顔を向けた。
青い片目が紅朱を見上げている。
「何ィ?」
「いや? 思いの外続けるなぁ、と思っただけ」
朝、それと夕方。
朝はこうして空の自宅前に現れ、校内の下駄箱まで。
夕方には教室までやって来て、自宅まで送り届けてくれる。
興味が湧くものには熱心だが、飽きれば容易に捨てられる。まあ要は、紅朱には飽きっぽさがあるのだ。
こんな代わり映えのしない送迎を進んでやるようなタイプには見えなかった。もしやったとしても2日くらいで飽きそうだな、という偏見もあった。
だが、この送迎、既に1週間は続いている。
空がふと送迎期間を数えてみて、「もうそれぐらいになるのか」と思ったが故の視線と言葉だった。
そんな空の言葉に対して、紅朱は「あーねェ」とだけ返す。
空の眼帯。これは、先日の紅朱の前住居で起こった人面蛇とのいざこざで、負傷をしたものだった。
今は眼帯しかしていないが、気絶していた紅朱が起きた後に見た空は顔が真っ赤だった。
血の気が良いとかそういう意味ではなく、物理的に血塗れで真っ赤だったのだ。頭皮も一部毛髪ごと剥がれていたため、新鮮な血が滴り落ちてそれはもう酷かった。
「あ、起きた。大丈夫?」と問われるも「うっわ」としか返せなかった。その「大丈夫?」はこっちのセリフだ。空に背負われていたはずの紅朱が逆に空を抱きかかえて、空の自宅である神社まで駆ける程度には酷かった。
風呂場に放り込み、血を洗い落とせばかなりマシになった。だが、顔には肉ごと抉ったような引っ掻き傷だらけ。左目は潰れていたし、首には絞められたのか指の青痣もできていた。
本人は「除霊時の怪我としてはかなりマシな方」だと言っていたため、怪我自体には慣れているのだろう。
だが、紅朱としては、なんかこう……納得がいかなかった。
脳裏に浮かぶのは殴り殺してやりたいと希っている双子の顔。それと、保険としてメッセージを送ったスマホに、己を産んだ女の顔をした蛇。
それらのせいで怪我を負ったお気に入りの女が目の前にいるというモヤモヤが、胸の奥に渦巻いた。
喉奥が締まって、何か言葉を発せねばならないのにどういう言葉を出せばいいのか分からない焦燥があまりにも気色悪かった。
基本的に“自分が楽しければそれで良し”であるひとでなしの紅朱は、それが一般に言う“罪悪感”だというものに気づくことはない。ただ、この女を世話しなければならないという思考だけは真っ先に出てきた。ので、こうして朝の……なんなら夕方の送迎も自発的に行なっているのであった。
まあ、簡単にいえば危険な場所に呼び出して怪我をさせてしまったことに対する、ささやかな“罪滅ぼし”である。
「るークンもどうでもいいヤツが怪我してもなンとも思わないけどさァ。暁美チャンとか灯子チャンとかァ? でも、怪我したのはうつぼチャンじゃん? それだけよ?」
(あの2人はどうでもいい人判定になるのか……)
どうでもいい人、というよりは、普通の友人の距離感のように感じる。
目に見える怪我をしている人に対しての心配こそするが、送迎を進んでやるほどの心配と特別視はしていない、という感じの。
つまりだ。紅朱は送迎を進んでやる程度には空のことを心配しているし、特別視しているということになる。
ふぅん、と空は相槌を打つ。
「じゃあ私はどうでもいい人判定ではないと」
「そりゃあもう。るークンはうつぼチャンのオトコですからァ♡」
「あー……」
空は天を仰いで遠い目をした。
聞き覚えのある言葉で、つい最近自身が放った言葉によく似ていたから。
空は青い空を見上げたまま、ちらりと目線を横にずらす。そこには、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべて、自身を見下ろす紅朱がいた。
「起きてたんだ」
「起きてたってか、なンか意識はあったンだよねェ。たまたま聞こえただァけ♡」
「そっかぁ」
「否定しないンだ?」
「否定も何も、私はそう思っているよ。それをどう捉えるかは任せるけど」
そう。空は紅朱のことを友達だと思っている。
家族の1つ外側に位置する関係性。すぐとは言えないが、声をかけられれば手を伸ばして届く距離。自身と相手がお互いの存在を自身の中に認識している結びつき。
紅朱が危険に晒され、助けを求められれば、助けに行こうと思える程度には、大切に思っている。それ以上の他意はない。
その返答に紅朱は笑っていた。
気のないような顔で、気のあるような言葉を寄越してくるこの女の信頼が面白かった。
そこにあるのは恋愛感情なんてピンクめいたものではなく、彼女の中にある淡々とした無色透明の事実だ。
どう捉えるかは任せると言いながら、紅朱がその言葉通りの意味しか受け取らないことを確信している。
ああもう、本当に、この女はたまらない。
この同族が、このイカれた女が、欲しくて欲しくてたまらない。
どうかこの女の隣を歩くのが、自分だけであってほしいと、強く思っている。
恋愛感情というには濁っている同族意識。
紅朱は空のことが“好き”だった。
次回の投稿は未定です。
これにて1章は終了になります。
またある程度2章の中身が決まったら投稿していこうと思います。
その時はまたよろしくお願いします。




