11話の6 地獄を見せてやる
噛みちぎられた人面蛇は怨霊の舌の上に転がりながら、やはり怒っていた。
邪魔をしてきた女に。何もせずとも他者から助けられる子供に。
殺してやる。
たかが体を噛みちぎられた程度。なんの痛痒も感じていなかった。例えこの臼のような奥歯で頭蓋骨を割られたとしても問題はない。何せ残った体から再生する。
と、思っていたのに。
卵の殻を割ったような音が聞こえたと思えば、とてつもない激痛が脳味噌を直に刺激した。
頭蓋骨が割れた箇所からとんでもない痛みが滲み出て、蛇は絶叫した。
再生しない。
いや。
しているけれど、明らかに間に合っていない。
いや。いや。
再生している箇所がいつもと違う?
いや。いや。……いや?
疑問は生じるが、全て痛みでどうでもよくなる。頭の中に詰まった柔らかい神経の塊を直に舌で磨り潰され、味わわれる感覚よりも、どうでもいい。
蛇は元来復活と再生の象徴。
それが完全に裏目に出ていた。
復活しても、再生しても、全てが無駄。蛇を味わう時間が延びるだけである。
蛇を喰ったモノは、蛇をよく噛みよく味わうと、ごくりと喉を鳴らしながら蛇を喉奥へと押しやり、食道へと送り落とす。
食道を滑り落ち、胃へ到着した蛇は、胃液に「じゃぽん」と着水した。
腐りきったヘドロのような濁った強酸性の湖。コールタールのように淀みと粘りのある害悪な消化液。
蛇は強烈な酸に溶かされながらも、なんとか浮かび上がり目玉を再生させた。……させてしまった。
目玉を通して見えたのは、地獄だった。
顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。
無数の顔が、胃液だけでなく胃壁にも、更には空中にも浮かんでいた。びっしりと顔で埋め尽くされていた。
彼らは痛みで呻いている。
彼らは苦しみで叫んでいる。
彼らは悲しみで嘆いている。
彼らは悔しさで悶えている。
全ての負の感情を絞り出している顔が蛇を見ていた。凝視していた。
血走った目が蛇を見つめて、見つめて、見つめて……ニタリと弓のようにしなって口の端を吊り上げる。
血涙を流す顔がケタケタと嗤ったと思えば、蛇の頭が浮いていた胃液から腕がぬるりと出てきた。土気色の、無数の関節があるようにも見えるほど折られた腕が、蛇の頭を掴んで再び胃液の中へと引き摺り込む。
暗い胃液の中にも、大量の顔が沈んでいた。どの顔もニタニタと嗤っていた。
安堵していた。歓喜していた。
丁度良い養分が来た、と。
空がしている“霊を喰う”という除霊行為は、その道を生業にしている者からすればかなりの外道行為である。
簡単に言えば、空に喰われた霊は成仏ができない。
天国には行けない、地獄にも落ちない、そして現世に残ることも、輪廻転生の輪に入ることすら不可能になる。
空に憑いている怨霊の腹の中で栄養分となり、エネルギーを吸い取られ続けて、最終的には“無”に帰る。誰の記憶にも残らず、この世の記録からも消え、全てから忘れ去られていく。抹消されていく。完璧な消滅が起きるまで、半永久的に苦痛に苛まれ続ける。
それが空が行なっている“霊を喰い殺す”という行為である。
怨霊に喰われ、それでも死を与えられず、未来永劫痛みと苦しみに苛まれ続ける養分達は、喜んで蛇に食らいついた。かつて自分がされたように。他者を食らい、自分だけでも生き残るために。
蛇の絶叫は胃液に阻まれ、泡となる。
大した悲鳴も出せないまま、死ねないまま、誰に救いを求めても決して手は差し伸べられない地獄。
蛇はこうして、擬似的地獄に落とされた。
もう2度と、誰にも救われることはない。
何故なら空がそれを許さない。
*****
残った蛇の体をブチブチと噛みちぎりながら喰う怨霊。
それを横目に空は紅朱の首筋に手を添え脈を取っていた。
……とくん。……とくん。と、指先の触覚を通じる生命反応に、空はほっと息を吐き、肩の力を抜いた。
「あ"~……あせった」
いや本当に焦った。もし蛇を引き抜けなかったら、紅朱ごと1度元凶を殺してから素早く紅朱だけを蘇生させる、みたいな、そんな面倒くさいことを考えていたから、余計に。
空は紅朱を姫抱きにすると、開いたままの玄関へと向かう。
背後では変わらず、肉を咀嚼するクチャクチャという音が響いていた。
次回の投稿は12月21日、日曜日、0:00です。
よろしくお願いします。




