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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
42/47

11話の4 嗤って逝けたら最高。嗤って生けたらもっと最高。

 どうして。

 どうしてお前は、のうのうと生きている。


 辛いものなど何もないと。

 苦しいことなんてないと。

 どうして、飄々と生きている。


 夢も。

 希望も。

 将来も。

 恋人も。

 今までを。

 散々奪っておいて、何故、そんなにも笑っていられる。


 ふざけるな。

 殺してやる。


 お前の全てを奪ってやる。

 だってお前は、私の所有物(もの)なんだから。






*****






 旧アパート、青山ハイツ。206号室。


 部屋の中は締め切られており、昼間でも暗かった。

 その部屋の中心で、1人の青少年が倒れている。

 全身を蛇に絡まれている。

 口の端から赤黒い液体を垂れ流し、首に巻き付く太く長い筋肉質な肉を渾身の力で引っ張り、絞死を防いでいる。


「ルゥゥゥゥゥジュゥウウウウウウヴヴヴッッ!!!」

「ア"ハァ……♡ あっぶね、マジで終わったかと思ったァ……!」


 玄関先で口から体内へ侵入(はい)ろうとしてきた蛇を、青少年……紅朱(ルージュ)は噛みちぎって吐き捨てた。痛みで一瞬緩んだのか、その体を剥がして投げ捨てようとしたが、それは失敗した。


 即座に腕から首へと移動して巻きついた蛇は、紅朱を部屋の中心まで引きずり倒す。

 獲物が己の巣へとやって来た愉悦から一転。蛇は怒りで歪んだ顔で、ギャリギャリと歯軋りをしながら、再度紅朱の体内への侵入を試みる。


「オマエェェッッ、オマエエエエエエエエエエッッ!!」

「なァンでそンなに怒ってンのォ? るークン、そンなに悪いコトしたっけェ?」


 噛み切ったところから再生した顔。ビチビチと動き唾液を撒く二股の舌先を見ながら、紅朱は嗤う。

 心底嬉しそうに(・・・・・・・)紅朱は嗤うのだ(・・・・・・・)


男寝取ったくらいでそ(・・・・・・・・・・)ンなに怒ンないでよォ(・・・・・・・・・・)。嗤い過ぎて力抜けちゃァう♡」

「ンギイイイイイイイイアァアイイイアィイイアアイィァイッッ!!!!」


 言葉にもなっていない怒号。どう発散すればいいのか分からない金切り声をあげる蛇に紅朱は悪辣に嗤う。



*****



 女が首を吊る数日前のことだ。

 紅朱が家でダラダラしていたら、女の彼氏がやって来た。


 趣味はパチンコと競馬。金がなくなれば体付き合いのある女に金をせびる。勿論それらは全て趣味に費やされる。そして、当たり前のように働かない。無職である。そのため、女から愛想を尽かされたことも両手じゃ足りないほど。

 色んな女の家を転々としながら生活している男だった。


 男は金がなくなったので1番近かった女の家で一晩を過ごそうと思い。

 紅朱はたまたま家にいただけだった。


 同性であり、お互いがろくでもない人間であるからか、2人の話は弾んだ。話の大半がシモな話であるが、それでゲラゲラ笑い合えるくらいには仲良くなった。


 紅朱は話をしながら、1つ、やってみたいことが浮かぶ。



 ――彼氏を寝取ったらどんな反応するンだろう。



 ろくでもない人間の、ろくでもない好奇心。

 紅朱は見てみたかった。


 自分を産んだ女が。惚れた男を捕まえるためだけの子供を産んだ女が。結局男を自分だけに引き留めることができなかった女が。


 男と交わっても命を産めない子供に。客を取らせて遊ぶ時に使える金を産み出す子供に。女よりも美しく若い子供に。


 男を奪われたなら、どんな表情を、感情を、露にするのだろう。


 本当に、ろくでもない興味だった。

 そのためだけに、紅朱は男を誘い、己の薄桃色の唇を男のそれに重ねた。






 その結果、女は男を殺して首を吊った。


「つまンねェの」


 紅朱はため息を吐く。


 首を吊るほどの絶望と激情を、己にぶつけて欲しかったのに。


 そう思いながら、脚長達から貰った金で買ったスマホで、警察を呼んだ。


 青紫の女の顔。

 浮いた足元の小さな踏み台。

 血溜まりに沈む男の後ろ姿。

 背中に突き刺さったままの包丁。


 それを見る紅朱の顔は、道端に落ちている石ころになんとなく目を向けるような、そんな興味も好奇心も抜け落ちている顔だった。



*****



 紅朱は“母”を知らない。

 彼にとって、同居人の女は、男を思い、男と遊ぶ“女”でしかなかった。

 “母”の顔を見たことはなかった。小さな紅朱を見る女の顔は、まるで煙草の吸い殻を捨てる灰皿を見るような……そういう多少役に立つ道具を見るものだった。


 紅朱は“無償の愛”を知らない。

 幼い頃から金を稼ぐ道具として使われてきた紅朱は、愛を貰うためには対価が必要だと理解していた。

 セックスでのリップサービスの一覧にある「好き」だの「愛してる」だの、その中身の伴わない言葉を貰うために体を酷使する必要がある。それを知ってしまった。


 紅朱は“家族”を知らない。

 父はいない。母もいない。いるのは同居人と客。それだけの人間関係の中で、悪いお遊びばかり覚えてしまった。


 紅朱は“普通”を知らない。

 生まれつき持ち合わせていた本性なのか、それとも環境により歪んでしまった魔性なのか、誰にも分からない。

 ただ結果として、“早乙女(さおとめ) 紅朱(ルージュ)”はこのように育ってしまった。



 ――見てほしい。

 ――満たしてほしい。



 おそらくはじめは、それだけだったはずなのだ。


 赤子が泣けばあやされるように。

 声を出せば耳を傾けられるように。

 行動を起こせば注目されるように。


 空っぽの心を満たすための手段が、あまりにもどす黒く、歪んだものしかなかった。

 暴言。暴力。セックス。他者から与えられたものがそれだけだったから、それでどうにかやりくりするしかなくて。



 紅朱はそれで満たされた。

 満たされてしまった。

 満たされる性質だった。



 後は己が思うがままに、他者をいたぶり虐めて嬲るだけ。

 紅朱は嗤った。

 己を産んだ女が死んだ時よりも面白い。必死の形相で自身を絞め殺そうと、体を乗っ取ろうとしているその様に充足感さえ覚えていた。


 そうこなくては(・・・・・・・)面白くない(・・・・・)


 紅朱は満足していた。

 昔は分からなかった。でも、成長した今なら分かる。


 かつて見た顔は、自分を満たしてくれた顔は嫉妬で狂った女の顔だ。

 自分を満たしてくれたのは、優越感だ。

 女に対する優越感。男にすがる女が、大切にしている男を奪うことへの優越感。どう足掻いても女になれず繁殖できない自分に男が溺れる優越感。本物の女よりも同性を貪る男に感じる優越感。

 それが、どうしようもなく心地よかった。(こころよ)い楽しさだった。


 愉しかったのだ。子供の頃から。

 腹を抱えて嗤いたいほどに。

 男を盗られるこの女の間抜けさを、紅朱は確かに愛していた。


 紅朱は嗤った。

 大口を開けて、ゲラゲラと。

 体が乗っ取られるとか、もうどうでもよかった。

 見たいものが見れた。あの時見たかったものが見れた。

 それで満足だった。


 蛇が激昂し、絶叫しながら、紅朱の口の中へと侵入(はい)った。


 ずるり、と。咥内から喉奥へ、喉奥から食道へ。太い体でそこを無理矢理こじ開けながら蛇は進む。

 紅朱は嘔吐反射を起こしながらも、嗤っていた。ルビーのような瞳から涙を、顔から汗を滲ませながら、口の端を吊り上げていた。

 例え体を奪われたとしても、感じている優越感は消えないし、蛇も自身の顔を見るたびに屈辱がぶり返す。

 だって、体は紅朱のものなのだから。

 鏡を見るたびに映るのは紅朱の顔だ。女は一生紅朱の“呪い”から逃げられない。


(それに)


 脳味噌の中が他者の妬みと憎しみと怒りと歓喜で埋め尽くされながら、紅朱はぼんやりと天井を見つめた。


(るークンが死んだら、うつぼチャンが殺してくれそうだし)


 思い浮かぶのは黒髪青目の大和撫子。

 ポーカーフェイスの優等生のくせに、素行はそこそこ悪い女の子。

 紅朱でさえも本能的に怯えてしまう怪異に憑かれていながら、平然としているお気に入り。


 自分が化けて出たら、きっと彼女がどうにかしてくれる。

 それを確信していた。


(……あー、でもなァ……)


 目を開けているはずなのに、真っ暗になった視界。

 紅朱は虚ろな目をしていた。その目をゆっくりと閉じていく。腹の中で蛇が蠢く気色悪い感覚が、指先をぴくぴくと動かした。


(ちゃんとデートしたかったかも)


 ほんの少しの後悔。


(もう遅いか)


 紅朱は最後に笑って意識を飛ばした。






 その直後、閉め切られた玄関の扉が壊れる勢いで開き、「バギャンッッ!!!」と壁にぶつかってバウンドした。






 やって来たのは、黒髪青目の、紅朱が求めていた大和撫子。

 彼女の目はギラついていた。

 次回の投稿は12月18日、木曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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