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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
4/20

4話 おいで

 第4話、全5回に分けて投稿いたします。

 島江(しまえ) 暁美(あけみ)は映画鑑賞が趣味だ。

 休日は映画館に行って、めぼしい映画を片っ端から見るし、過去の名作やB級映画を見るために店にレンタルしに行ったりする。家のテレビに映画を見るためのアプリは当然のごとく入っているが、たまには店でレンタルするのも楽しいのだ。

 休日である今日も、暁美は見たことがない映画を探してレンタルビデオ店に来ていた。


 さて、今日はどんなものを見ようか。アクション? ホラー? サスペンス? コメディーものもいいかもしれない。同じジャンルでも洋画と邦画で違いもある。監督が違えばカットの仕方や話の展開だって異なってくる。これだから映画は面白いのだ。


 そんなことを考えながら、旧作映画の棚を見て回る。

 これは見た。これも。これは……見たことない。DVDを手に取り表紙と裏のパッケージのあらすじを見る。……興味をあまりそそらなかったからやめておく。

 これは……。


 次に手を取ったのは、大きな掌のみが描かれたパッケージ。タイトルは『出して』。こちらを鷲掴みにしようとする生気のない掌。その気迫とおぞましさ、色調から、ホラーものか、と暁美は当たりをつけてパッケージをひっくり返した。



 出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出してもう出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出してお願い出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して見て出して出して出して出して出して出して出して出して出して誰か出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出してここから出して出して出して出して出して出して出して出して出して助けて出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出してねえ出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出してお願い出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して。



 ゾッとした。うなじの産毛が逆立つ感覚。

 あらすじというあらすじは無かった。大小様々な『出して』という文字が悍ましいフォントで書き殴られているだけの裏表紙。


 ……なんか、いいな。


 恐怖を煽ってくるその表紙達に惹かれた。

 最近ホラー見てなかったし、たまにはいいかな、と持っていた買い物カゴにそのDVDを入れる。






 帰宅後、暁美は早速DVDをデッキにセットして映画鑑賞することにした。

 映画のお供に市販のキャラメルポップコーンとコーラ。

 ホラーを見るから部屋の電気を消して、臨場感と恐怖をより感じるために遮光カーテンで窓から入ってくる太陽光を遮断する。


 準備万端! よっしゃ見るぞー!


 そして、リモコンの再生ボタンを押した。

 たった1人の上映会が始まる。


 映画の内容は、とある奇妙な連続変死事件が起こり、新聞記者の主人公が上司や友人と共に事件の真相を探るという、……まあ、映画をよく見る暁美からすればありきたりな話だった。

 この変死事件が暁美の感じた狂気の源なのだろうな、とは思ったが……。


「……あんまり面白くない」


 ポツリと呟いた言葉は大音量のテレビの音でかき消された。

 暁美が感じた、あの背筋にゾワゾワと走る恐怖を、きっとこの映画が引き出してくれるのだ。それを期待したのに、ホラー要素は並、役者の絶叫もそこそこ。つまらない。

 暁美はなんだか萎えた気持ちでポップコーンを1つ口の中に放り込むと、リモコンを取って停止ボタンを押した。


「……?」


 ――のだが。

 再生が止まらない(・・・・・・・・)

 暁美は首を傾けた。


 ボタンの接触が悪いのかな。いや、でもリモコンはちょっと前に買い換えた。まだ使い始めてから1年も経っていない。

 暁美はもう1度停止ボタンを押した。


 再生は止まらない。

 テレビから主人公の真面目な推理が聞こえた。


「電池切れたのかな」


 電池だけは前使っていたリモコンから引き継いだものだ。

 暁美は立ち上がり、予備の単3電池を持ってくる。リモコンの電池を交換した後、再度停止ボタンを押した。


 再生は止まらない。

 推理を真面目に聞いていた主人公の上司の顔がぐるりと一瞬歪む。


 暁美は力を入れて停止ボタンを押した。ぐーっと、ボタンを限界まで押し込み続ける。


 再生は止まらない。

 主人公の目が一瞬消えた。眼窩にぽっかりとした暗い穴が出来上がり、次の瞬間元通りになる。


 暁美は眉を寄せて首を傾ける。ビデオの異変に気づいていないようだ。

 しばらくリモコンと格闘していたが、どう足掻いても停止できないと諦めてため息を吐いた。

 そして、ビデオデッキに近寄ってDVDを出し入れする開閉ボタンをカチンと押し込んだ。


 再生は止まらない。DVDも出てこない。

 流れている映画にノイズが一瞬走る。

 上司の首がブチリと引き千切られた。

 地面で跳ねる生首がギャラギャラと嗤っている。


「……あれ?」


 カチン。カチン。カチカチッ。

 何度開閉ボタンを押してもDVDが出てくる気配がない。映画の再生も止まらない。


「ええ~? 故障? こんな時になん、……? っひい!?」


 ようやく暁美は異変に気付いた。

 先程まで見ていたあのつまらない映画はどこに行った。どう見てもこれは、先程まで見ていた映画ではない。そのくらいおぞましくて、気持ち悪くて、内容が異なっている。


 背景の空が虹色だった。まるでテレビの放送終了の時に流れる背景画像のような奇天烈な虹色が蠢いている。

 主人公が走っている。四足歩行でゲラゲラと嗤いながら、目から血涙を流しながら、その場をグルグルと回るように駆けていた。

 生首の上司が跳ねている。首から直接生えた足で、倒れた自分の体の上でぴょんぴょん跳ねている。

 エキストラが嗤っている。帰路に着くサラリーマン、手を繋いでいる仲睦まじい母親と子供、中年の運転手。どの人も嗤っていた。眼球を刳り抜かれたような、ぽっかりと空いた眼窩から黒い汁を垂れ流し、口の端を極限まで吊り上げて、嗤っている。


 歪なニコニコ笑顔。

 登場人物達は口々に言っている。


 『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『助けて』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『お願い』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『ここから出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『誰か』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『助けて』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』『出して』。


 ひゅ、ひゅ、と暁美は浅い呼吸を繰り返す。

 これが監督の表現とか、ストーリーとか、技法とか、展開とか、そういうものではないと彼女は感じていた。

 確かに、ホラーものだからと今まで見たことがない恐怖や狂気を求めていたのは事実だ。

 でも、これは、あまりにも。

 あまりにも、現実離れしている。


 バチン、と画面が切り替わる。


 ノイズが走るテレビ画面。

 誰かの足が映っている。ネイルが施してある綺麗な爪先。

 誰のものだ、と暁美が訝しげにそれを見ていると、画が動いた。

 徐々に、徐々に、視点が上昇する。爪先からズボンで隠れた脛、太股、股間、服で隠れた臍、胸元へと。ゆっくりとしたカメラワークで誰かの全身が映し出される。


 それを見ながら、暁美は嫌な胸騒ぎを覚えた。

 見たことがある服装だった。くたくたのズボン。よれよれのTシャツ。胸元の“I ♡ NEW YORK”という掠れた文字。


 ――思い出した。

 暁美は己の胸元をガシリと鷲掴んだ。胸元の“I ♡ NEW YORK”の文字がくしゃくしゃになる。

 これは、画面に映っている人物は、今の自分の服装をしている。

 それに気づいて、暁美はガタガタと震えた。顔から血の気が引いていた。

 最後に映った誰かの顔に、暁美はカチリと歯を鳴らす。



 映っているのは自分の顔だった。



 画面越しの自分はパクパクと口を開閉させた後、ニッコリと嗤う。

 とても歪な笑顔で、手招きした。



『おいで』

「ひっ」



 ――ブツンッ。

 次回の投稿は6月29日、日曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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