11話 名前の意味は考えていない。ただそこにあったから。
第11話、全6回に分けて投稿いたします。
産院で貰った出生届。それを役所に提出する期限が近づいている。
1人の子を産んだ女は、コンビニ弁当の空箱と食べ終えたカップラーメンの容器が乗った、足の低いテーブルの上にあるその届をぼんやりと眺めていた。
のめり込んでいるクラブのホスト。己を孕ませた、あの赤子の父親になってくれる筈の男のために産んで、その代わりに病院から受け取ったこの1枚の紙。
きっと自分を産んだ母も、この紙を役所に提出して自分の名前を決め育ててくれたんだろうなとなんとなく思う。
その重要な紙にある唯一の空白。
女は子の名前をまだ決めていなかった。
どうでもよかった。なんでもよかった。
子供はホストが自分から逃げ出さないために産み落としたもの。子供自体に愛着は欠片もない。
さてどうしようかと紫煙を燻らせている最中、ふと視界の端に何かが映った。
スティック型のメイクアップ化粧品。
色が合わないからと床に放り捨てていたスティック型のそれ。女はそれを摘まんで目の前に翳す。色はなんだったか。確かヴィヴィットワインとかいう濃いめの赤だった気がする。
ああもうこれでいいや。
もう少しすれば仕事の時間だし、長々と考え込むのも面倒だった。興味のないものにかける時間ほど無駄なものはない。そんなものに時間をかけるなら男のことを考える時間の方が有意義だ。
女は子の名前の欄を埋める。
いや……埋めようとして、できなかった。
女には学がなかった。もっと言えば、学校にろくに通わず町で好き勝手していた不良生徒だった。
先生には怒られ、説教され、ついには諦められ、見捨てられ、何も言われなくなった。
親には怒られ、泣かれ、勘当され、親子の縁を切られた。
その挙げ句の果てに水商売で稼ぎ、たまたま入ったクラブのホストに一目惚れして。
そして、そのホストに貢ぎ自分と添い遂げさせるために、逃がさないためにわざと孕んで産んだ、狡猾で馬鹿で、後先を考えない女だった。
女はその化粧品をカタカナで読むタイプの人間だった。そして、それの和名で使われる漢字を知らなかった。
ただ、何か難しい漢字が使われていたな、ということは覚えていた。
糸という漢字。それと……カタカナのエだったか。それが組み合わされた漢字が1つ。
後はなんの漢字だったっけ。簡単な漢字だったはず。
基本的に唇を赤く色づけるものだから、赤色の意味を持つ漢字で、知っているものを書けばいいか。
……この漢字なんて良いじゃないか。簡単で、ちゃんと『しゅ』と読めるから、『じゅ』と読んでもいい筈だ。
出生届の空白欄には、下手くそだが、しっかりと子の名前となる漢字が書かれていた。
後は、これを役所に提出するだけ。女は煙草臭い息を吐きながら、テーブルに手を着いて立ち上がる。
体重をかけられたテーブルがぎしりと音を鳴らした。
出生届の子の名前の欄には、早乙女 紅朱と書かれていた。
次回の投稿は12月15日、月曜日、0:00です。
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