10話の3 類は友を呼ぶ
「っくしゅっ」
「風邪?」
「ンや、ちょっと鼻がムズムズして……」
「ぶえっくしゅっ……ッチ、クソが」
「くしゃみが怖くてウケるンだけどォ」
「怖いのに面白いんだ」
「ウン」
一方その頃、話題になっている2人はと言うと、くしゃみをしていた。
場所はショッピングモール。そこにあるゲームセンターを彷徨いていた。
「うつぼチャーン、プリクラ撮ろーお?」
「いいよー」
紅朱が目に入ったプリクラの機材を指差す。
空は2つ返事で了承した。
「でも、この間も4人で撮ったよね? そんなにプリクラ好きなの?」
「ンや、ギャル2人に自慢してやろうと思って」
「あー……」
ワルい笑みを浮かべている紅朱に納得した空であった。何故そこで自身を挟んでバチバチにマウントを取り合うのか、欠片も理解できないが。
空と紅朱は同じ台に入り、流れてくる音声に合わせて写真を撮る。
『まずは2人共ピースサインしよっか! シンプル・イズ・ザ・ベスト!』
「はいピース♡」
「この機械めっちゃ喋りますね」
「そーお? この前もこんなんじゃなかったっけェ?」
『次はおひげポーズ! 人差し指を鼻の下に持ってきて~! ちょっとぶりっ子すると可愛く撮れるよ!』
「画面に写ってる時点で宇宙人みたいな目になってるの笑えない?」
「笑わせンなうつぼォ」
「ごめん」
『良い感じ! じゃあじゃあ、今度は両手を合わせて枕みたいにしながらお眠りポーズしてみよっか!』
「これ目を閉じた方がいいの?」
「どっちでもいンじゃね?」
「じゃあ私閉じるからルージュは開けててね」
「るークンに宇宙人になれと?」
「うん」
「このうつぼめが」
『最後にお互いの顔をくっつけてね! 更にお互いのほっぺたをツンツンしてると可愛く撮れるよ~!』
「ルージュ、ちょっとしゃがんでくれる?」
「うつぼチャンって元から距離感バグってンだね」
「いや、指示だから。やらないの?」
「やります」
「即答」
こうして写真を撮った後、側面に着いている画面で写真に文字や絵を描き、盛りに盛っていく。
「ピースのやつはシンプルにしようよ」
「ン。好きにしなー」
「本当、化け物みたいに目が大きいよね」
「おひげポーズ分かりにくいから『これはおひげ』って矢印書いて注釈つけておこう」
「真面目過ぎてウケるンだけどォ」
「なんで人差し指でおひげポーズになるか意味が分からないけど。どちらかというと調子乗ってるクソガキムーヴじゃない? 『へっへーん』とか言ってそうなやつ」
「マジレスやめなァ?」
「眠ってる絵文字と『ZZZ』は入れるでしょー」
「ぱっちり目を開けていると違和感しかないね」
「オマエがやれっつったンだろうが」
「うにぃ」(←頬を鷲掴まれた)
「このポーズ、トーコさんとアケミさんとやった時、シマエナガポーズって呼んでた」
「なンでェ?」
「さあ?」
何にもならない話をしながら、制限時間いっぱい写真をデコりまくる。背景に文字を書き加えスタンプを押していく。
満足して決定ボタンを押せば、写真が現像された。
それをプリクラの台の近くにあるテーブルに設置されたハサミで、同じ枚数になるように切り分ける。
「うつぼチャン、ゲーセンで得意なゲームとかある?」
「うーん……? 強いて言うならば……シューティングゲームとか? あのゾンビを撃ち殺すやつ」
「あーねェ」
「ルージュは?」
「るークン? るークンはねェ、エアホッケーとかァ、ボール投げたりするやつが得意~」
「あー、得意そうだね」
紅朱は見た目通り身体能力が高そうだし、エアホッケーなどのレトロゲームは確かに強そうだと空は思った。
「後はァ……もぐら叩きとか? でも、あのもぐら柔らかいからあンまり好きじゃないンだよねェ」
「柔らかい? よく知らないけど、プラスチック製じゃないの?」
「そうかもだけど、柔いよ? 叩いたらメキャメキャに粉砕するし」
「そんなことある?」
空は耳を疑った。
もぐら叩きゲームは確かにムキになるし思い切り叩いてしまうものだが、だからと言って粉砕させることはないだろう。一応叩くものはスポンジ素材でできていなかっただろうか。
どんな力をしているんだ? いやでも、扉を貫く威力のパンチできるしなぁ……。
空は暁美を救った時の映画男の悪霊のことを思い出しながら、なんとも言えない微妙な顔をした。
空は切り分けたプリクラの写真を平等になるように分けた後、紅朱に差し出した。
「じゃあこれ、ルージュの分ね」
「ン。ありが」
――シュンッ。
「は?」
紅朱に渡すはずの写真が、空を切った。
ヒラヒラと、桜の花びらのように地面に舞い落ちていく写真。それを見下ろして拾い上げた後、空は改めて目線を上げた。
目の前にいたはずの紅朱がいなくなった。
いや、正確には、自分だけがどこかに飛ばされた。
場所はどこかの路地裏の空き地。
空を囲うのは、見覚えがない男の衆。どの人も怒りと憎しみで目をギラギラとさせていた。
空は「うーん……?」と首を傾けた。
どうやら空だけ瞬間移動させられたようだ。
(悪霊から攻撃を仕掛けられた? それにしては虚無斗が反応してないし……)
ちらりと背後を見上げる空。その目線の先には、黒い靄の塊があった。そこから伸びる手が肩に乗せられる。
『おばけ』『おば』『ちがう』『にんげ、ん』『そうだ、そう』『ひとが』『おんな』『ひと』『このまえの』『おっ』『おんなが』『あの』『あいつ、だ』『あ、いつっ』
「……あー……?」
空は何かを思い出したように、懐から丸めた紙くずを取り出して、改めて開く。
それは、“調月”と書かれた名刺であった。
いたなぁ。そんなやつ。
……いや。そんなやつら、か。
男女のペアだったこと、顔が似ていたから双子かな、と推測していたことは覚えている。まあ、どのような顔だったか、と問われると答えられないくらいうすらぼんやりとしているが。
名前はとうに忘れていて、珍しかったことしか覚えていない。この名刺を見ても、チョウゲツやトトノエヅキじゃなかったよな、としか思えない。
ちなみに正解は『調月』である。
おそらく、己の霊力を染み込ませた名刺を使った瞬間移動。あの双子は空のことを舐め腐っていたし、紅朱とはまだ接触できていなかったから、私だけ場所を移させたのだろう。
そして、場所を移させた自身に何のコンタクトも無いことから、狙いは紅朱である可能性は高い。
早めにルージュの所に行かなきゃな、と空が思っていたら、空の回りを囲む男達がゲラゲラと笑い始めた。
その笑い声は、空き地の回りにある建物にも響き、表面に付着していた土埃や塵がパラパラと落ちるほどだった。
「あの掲示板に載ってたことは本当だったなぁ~!? この憎ったらしいクソアマが本当に来やがった!!」
「……? 掲示板?」
声をあげた男は目をギラつかせる二枚目面。服装からしてホストか。
彼は右手を包帯でぐるぐる巻きにしていた。どうやら手を怪我しているらしい。
空には、その男と自身に“縁”があることが視えていた。
おそらく……いや、確実に彼は空の依頼人だった男だ。どことなく顔に見覚えもある。……気がした。
どうでもいい人間の顔なんぞ覚えておく価値が無いため、本当に気がしただけである。
“縁”に気づき、空は嫌な予感がした。なんとなく、確認するためにその場にいる全員を見渡してみて、空は遠い目をした。その場にいる人間の、なんと7割が、過去の自身の依頼人だったのだ。
じゃあ残りの3割は誰だろう、と彼らの言動を注意深く観察して、げんなりした。もう3割は、紅朱に喧嘩で惨敗したり、彼女を寝取られた連中だったようだ。頭が痛くなる。
大方、自身を嬲って尊厳を踏みにじり、それを憎っくき紅朱に見せつけてやりたいのだろう。
空はため息を吐く。
――その背後に接近する人影。
鉄パイプを持っている、ガタイの良い男だった。
彼はかつて紅朱に付き合っていた女を奪われた男だった。本気で好きだった、というよりは、つるんでいた女と体の関係を持っていた。ただそれだけ。ただそれだけだが、自分の女を他の男に寝取られるというのはムカつくのだ。
それも、雌の顔で自分以外の男の唇を必死に貪る女を見せつけられるのは。
怒りに任せた拳は紅朱のお綺麗なツラには届かなかった。逆に顔が変形するまで殴られ、肋を砕かれた。手も足も出なかった。
だから、あの時の復讐を今、果たすつもりだった。
お前も自分の女を他の男に汚されるあの屈辱を味わうといい。
恨みの念を込めて鉄パイプを思い切り振り下ろそうとする男に向かって、空は後ろ蹴りを叩き込んだ。
テコンドーで言う、後ろ回し蹴り。
背中を見せつつ正対した状態から体を旋回させ、蹴り足の踵で相手の腹部を強かに蹴り抜いた。身体の回転により遠心力が乗ったその技は、自身より背丈のある男を容易に吹き飛ばす。
男は数メートル吹き飛び、背中を強く地面に打ち付けた。白目を剥き気絶した男は、口から血の泡を吹き痙攣している。
人間を殺すと祖父が怒るため、胸元より下、鳩尾の辺りを狙った。それでも、内臓がいくつか損傷して駄目になっているかもしれないが……まあ、それは彼の運が悪かったことと、自身を傷つけようとした罰だと思ったので、欠片も罪悪感は湧かなかった。
男が地面に倒れ伏したと同時に、周囲の連中の嘲りがピタリと止んだ。「……は?」。「嘘だろ」。誰かが呟いた。
「次」
空の凛とした声が、天使の代わりにその場を支配する。
「私に殺されたい人は、前へどうぞ」
顔が引き攣り、冷や汗を流し始める連中と、もしくは武器を構えて、警戒を露にした連中に二分した。
*****
「うつぼチャン?」
紅朱の目の前から空が消えた。
ヒラリと宙を舞う1枚のプリクラの写真が紅朱の掌に落ちる。
そこに写っているのは自身と空。それが、彼女が先程まで共にいたことを示す唯一のものだった。
その写真を眺めて、ふと目線を上げる。
紅朱は柄の悪い連中に囲まれていた。
数は20程か。
ゲームセンターで遊んでいた客は、その異様な集団を見つけるとそそくさと離れていった。
「よお、色男。女の子はどうした? 愛想つかされちまったのかぁ?」
集団の輪から1歩進み出た男が、にやにやと嗤いながら紅朱に話しかける。
紅朱はそれに答えず、プリクラの写真をポケットに突っ込むと、椅子から立ち上がった。
「うつぼチャン、どこやったのォ?」
「はっ! 誰が教えてや――」
紅朱を嘲ろうとした男の言葉が途切れる。それは何故か。顔に衝撃が走ったからだ。直後、頭部に襲いかかる運動エネルギーにより顔がぐしゃりと潰れて後ろに倒れる。ガシャァアンッッ!! と、金属とフロアタイルがぶつかり合う嫌な音が木霊する。
遠くからショッピングモールの客の悲鳴が聞こえてくる。
「ふーん。あっそお。じゃあもういいやァ」
紅朱の傍にあった、今の今まで座っていた椅子。それを彼は投げ飛ばしたのだ。嘲る相手の顔目掛けて、思いっきり。
「全員死んどけ」
なァ。
紅朱は冷めた目をしていた。その癖、彼の真っ赤に濡れた唇は歪み、口の端を吊り上げ笑みを浮かべていた。
次回投稿は11月12日、水曜日、0:00です。
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