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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
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10話の2 対岸の双子

「800万で請け負いましょう」


 二田水(にたみず) 宗次郎(そうじろう)は何を言われたのか分からなかった。

 法外の報酬金。何度も頭の中で“800万”という言葉をリピートする。そして、その金額が8に0を6個とコンマを2つつけたものだと理解した瞬間、顔が真っ赤になり怒りが脳味噌を支配した。


「たっ……たかがお祓いにそんな金額が払える訳がないだろう!!!」

「そう。払えないなら私達もあなたの娘を救わないわ」


 法外の値段を吹っ掛けた女は怒鳴り声に臆せずそう告げた。


たかがお祓い(・・・・・・)、とあなたは言うけれど……人間1人の精神を狂わせた挙げ句、自殺を繰り返させるような化け物をどうにかするのが私達の仕事」

「っ……」

「まあ、そんな命懸けの仕事をするプロに当たり外れがあるのも事実。残念だけれど、他の霊媒師にお願いすることね」


 女は「行くわよ」と隣に座る男に声をかけて、椅子から腰を上げる。

 それに釣られて、彼女の隣で依頼人の妻に出されたお茶を啜っていた男も腰を上げた。彼は傍に立て掛けていた、竹刀を入れる長い筒のようなものを手に持った。


 宗次郎は、先程の自身の言動で散々調べて呼んだ化け物退治のプロからあっさりと娘を見捨てられたこと、そして、先程まで頭に昇っていた血が急激に身体中を巡り始めたことを自覚した。

 宗次郎は慌てて立ち上がり、玄関へと向かう2人に「待ってくれ」と声をかけて目の前に回り込む。


「すま、すまなかった! すいません! さっきはつい、血が昇ってしまって……! 金は払う! ちゃんと払うから、払いますからっ! ……娘を……娘を、助けてください……!」


 2人の前で床に頭を擦り付けながら懇願する宗次郎。

 その隣に寄り添い、夫と同じように正座して地面に脛をぴったりとつけて頭を深々と下げる妻。彼女の顔の辺りから、ポタポタと水滴がフローリングの床に落ちていく。


 その様子を冷めた目付きで眺めた霊媒師の女は、隣に立つ男に目配せする。

 男は頷いてみせたので、女はため息をこっそりと吐いた後、宗次郎に書類とボールペンを突きつけた。


「では、こちらにサインしていただいても?」


 宗次郎は震える手でそれを受け取った。






*****






「得したなぁ、姉ちゃん」


 とあるステーキ専門店で、長い筒のようなものを持っていた男……調月(つかつき) 怜央(れお)はステーキを頬張っていた。


「あんな雑魚霊に800万吹っ掛けるとか流石姉ちゃんだ。口が上手(ウマ)過ぎ。俺真似できねぇわ」

「ああいうのは自信満々に行けば大抵どうにかなるわ」

「ふーん」


 上機嫌にはぐはぐとステーキを貪る双子の片割れを横目に、真央(まお)は上品にコーヒーを口に含んでいた。


 先程の家庭、二田水家は、少し前から娘の様子がおかしくなっていたようだ。

 部家の隅を確認しては異様に怖がり、学校に行かなくなった。それだけならまだしも、まともな睡眠を取れていないようで、1時間おきに飛び起きては「もうゆるしてよお」と泣き叫び、自傷行為に走るとのこと。

 原因は、部家の隅にいた女の霊だった。おそらくその娘に酷い目に遭わされた被害者なのだろう。霊の姿と記憶を垣間見て、真央も少し気分を害した。

 その気分を害された分も含めての800万である。


「姉ちゃん、今日の仕事はそれだけ?」

「あと1件だけね。場所を軽く下見をしてきたけど、私達の手に負えそうにないから依頼人を生け贄にして怒りを鎮めちゃいましょう」

「前払金は?」

「入ってたわ」


 真央は見ていた通帳を怜央に見せる。

 2人の通帳である。その貯金額は億を軽く越えていた。それだけ荒稼ぎしているのだ。

 怜央は頷くと、ステーキを再び頬張り始める。


「じゃあ後は……例の早乙女(さおとめ)ってやつ?」

「ええ。事情を話して説得さえすれば、依頼はほぼ成功も同然よ」


 真央はうっすらと口の端を吊り上げて、密かに笑う。

 彼さえどうにかしてしまえば、この通帳に大金が振り込まれるのだ。その金を組織に献上すれば、今よりもっと良い地位に、もっと楽に稼ぐことができるだろう。

 彼女は金のためなら他人をどん底に落とすことさえ躊躇わない。

 自分さえ良ければ他人が不幸な目に遭おうともどうでもよかった。


 そんな彼女の性質を知る弟の怜央も同じように、自分達が幸せなら他人がどうなろうと知ったことじゃあなかったので、姉を窘めるようなことはしない。


 流石双子。似た者同士である。


早乙女(ターゲット)がどこにいるかは分かってんの?」

「ええ。ショッピングモールで(やしろ) (うつほ)と一緒にいるわ」

「……なにそれ、デート?」

「そうかもしれないわね」


 「まあ、あの顔だしなぁ~……」と納得したように呟く怜央は、もそもそとステーキを食べる。

 その様子を見ていた真央は「怜央にもそのうちガールフレンドくらいできるわよ」とフォローした。


「じゃあ、社がいる時に接触するの?」

「いいえ。彼女が離れている間に話をするわ」

「え、でもデートなら離れなくね? トイレの時でも狙う?」


 空とは1度接触しているが、怜央はその時、空のことを色気の()の字もない、校則をきっちりと守る真面目一辺倒の人間(タイプ)のように感じていた。そのため、そこまでバチバチにメイクをすることもないだろうな、と思っていた。

 お化粧直しの時間も含めて10分弱といったところか。いや、もっと短いかもしれない。

 その制限時間で上手くあの男を唆せるか、と聞かれると、首を傾けて困ってしまう。

 怜央はあまり自信がなかった。


 そんな怜央の言葉に、真央は首を横に振る。そして、「それよりもっと確実なのがあるわ」とスマホを見せた。

 そこにはとある掲示板サイトが映っている。そして、掲示板のトップを社 空と早乙女 紅朱(ルージュ)の隠し撮り写真が飾っていた。


「なにそれ」

「あの2人に恨みがある人間を募集したらこんなに書き込みがあったわ」

「なんだそりゃ。めちゃくちゃヘイト買ってるじゃん、あの2人。何してんの」

「だから、この2人を分断させた後、襲って貰おうと思って」

「うーん……?」


 姉ちゃん、何言ってるんだろうな。と、怜央は首を傾けた。


 姉ちゃん曰く、「私の霊能力で2人を分断した後、この掲示板で募集した人に彼らを襲って貰うの。社 空の方は足止めで、早乙女 紅朱は頃合いを見計らって私達で助けに入り、信頼を得る。これなら社 空を足止めできるし、彼の恩人となることで話をスムーズに進めやすくなるでしょう?」とのこと。


 やっぱり姉ちゃんは頭がいいんだな。と、怜央は感心したように何度も頷いた。


「じゃあそれでいこう」

「そうしましょうか」


 コーヒーの飲めない怜央は、優雅にコーヒーカップを傾ける姉を見ながら、姉ちゃんが姉ちゃんで良かったなぁ、と思った。

 次回投稿は11月11日、火曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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