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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
33/38

9話の5 知らない人

 (うつほ)は自身の獲物かつ怨霊の玩具(オモチャ)を横取りした2人を見つめる。


 1人は男子。空と年齢はそう変わらないか少し上くらいか。質の良い革のジャケットを着ており、手に持つのは日本刀。銀色の刃に薄暗い茜色が反射しているそれで、顔剥ぎの頚を刎ねて除霊したのだ。


 1人は女子。空と似ているポーカーフェイスをした黒い長髪の美人。こちらは何も手に持っておらず、武器は不明。


 そして、どちらも顔の造形がよく似ていた。姉弟か兄妹(きょうだい)……おそらく双子だろう。年齢は空より少し上、大学生辺りだと空は思った。


 さて、どう出るのが正解か。

 空は2人を前にして少し考える。


「危なかったわね。怪我はない?」


 すると、向こうから話しかけてきた。

 女の方だ。

 顔は変わらずポーカーフェイスのまま。そして、声色は言葉通りこちらの身を案じるもの……ではなく、こちらを(・・・・)嘲るそれと似ていた(・・・・・・・・・)


 普通なら分かりようもないそれが分かるのは、空には経験があるからだった。散々嘲笑され、見下された経験が。

 勿論、特段気にしてはいない。そうやって人を馬鹿にする奴に限って、自分よりも弱いことが多いからだ。


 まあ、だからと言って、気分が良い訳ではないが。


横取りしておいて(・・・・・・・・)そういうこと言います?」

助太刀に入った(・・・・・・・)、と思ってくれないかしら。それにあなた、霊感があるだけでそん(・・・・・・・・・・)なに強くないでしょう(・・・・・・・・・・)?」

「……」


 もしこの場に紅朱(ルージュ)灯子(とうこ)暁美(あけみ)がいれば、彼女の言い分に猛反発しただろう。何せ彼、彼女らは空が除霊できることを知っているし、体験しているからだ。


 しかし、空は何も反論しない。

 何故なら女の言う通りだからで(・・・・・・・・・・)ある(・・)


 これまで悪霊や怪異を除霊してきたのは全て怨霊がしてきたこと。空は指示を出しているだけだ。

 あくまで力を持つのは空に憑く怨霊(・・・・・・)であって、空自身(・・・)ではない。

 空は霊感はあるが、霊を祓う力は持たない。

 霊感とお祓いの才能は別なのである。


 反論しない空に「フッ」と鼻で笑った女は、踵を返した。


「これに懲りたら、いくら守護霊がいるとしても、霊にちょっかいをかけるのをやめておくべきね。じゃないと死んじゃうわよ?」

「ご丁寧かつご親切にご忠告をどうもありがとうございます。そのうえで、そっくりそのまま言葉を返して差し上げますね」

「気の強い子は嫌いじゃないわ」


 女は空に向かって何かを指で弾いた。

 空は反射でそれを掴み取る。

 薄っぺらく四角い何か……それは名刺だった。


 そこに書かれているのは、『傍』と『調月』。そして、ハイフンで区切られた11桁の数字だけである。

 横書きの名刺。

 文字の配置からして、『傍』は彼女らの所属している会社やチーム名といったところか。

 そして、『調月』が苗字だろう。

 11桁の数字は言わずもがな、電話番号である。


「何かあればそこに連絡して頂戴。相談くらいなら無料(タダ)で聞いてあげるわ」


 それだけ告げて、2人は空の前から立ち去った。

 空はその後ろ姿と名刺を見比べた後、珍しく鼻で嗤った(・・・・・)



「勉強不足の新人(ルーキー)が調子乗ってんなぁ」



 怨霊を守護霊と勘違いするような馬鹿に相談することは何もない。

 そして何より――空のことを知らないと(・・・・・・・・・・)()危機管理能力が欠如し(・・・・・・・・・・)ている(・・・)

 空はぐしゃりと名刺を握り潰して、制服のポケットの奥に突っ込んだ。











「……ちょうげつ……ととのえつき……なんて読むんだあれ」


 帰路の途中でふと脳裏を過る、あの双子の苗字らしき2文字。

 気になりポケットからぐしゃぐしゃにした名刺を取り出す。スマホで検索して、あの2文字で『ツカツキ』と読むことを空ははじめて知った。






*****






「姉ちゃん、あいつ放っとくの?」


 双子の片割れ……調月(つかつき) 怜央(れお)の問いかけに、姉である調月(つかつき) 真央(まお)は頷いた。


「もしかしたら仕事の邪魔になるかもと思って接触してみたけど……本人は霊感だけで霊能力は皆無。霊を爆発させる守護霊が1体。放置していても問題ないわ」


 霊に対抗するために生身の肉体も鍛えているようだが、おそらく背後に憑いていた守護霊に攻撃させ、その間本人は逃げ回る形の戦闘方法を取っているのだろう。

 顔を剥ぐ霊を前に武器も持たずに仁王立ちしていたことがその証拠である。


「それに、彼女のような霊能者は聞いたことないわ」


 何より、霊能者界隈で彼女のような霊能者の話を聞いたことがなかった。

 この業界はマイナー故にとても狭い。所属が別でもそれなりの業績を上げればどこでも話題になるのだ。


 故に、逃げ足こそ早いがそこまでの危険性もない、アマチュアもどきの一般人。


 真央はそう解析していた。

 だから、例え仕事の邪魔をされても特に問題ない。逆に相手を地の底に叩きつけることができるだろうと思っていた。


「予定通り、早乙女(・・・) 紅朱に接触するわよ(・・・・・・・・・)

「オッケー」


 真央は懐から写真を取り出した。

 そこには、真夜中、電柱に背中を預けて夜空を見上げる紅朱が写っていた。

 次回投稿は11月9日、日曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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