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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
31/38

9話の3 上書きする人

 ショッピングモール内にあるマックにて。

 店内のテーブル席の1つに、4人の高校生の姿があった。

 四角いテーブル。その一辺ごとに1つの椅子があるため、丁度テーブルを囲うように彼らは座っている。

 その内の唯一の男である紅朱(ルージュ)は、ぐあ、と大口を開けて、先程カウンターで注文したハンバーガーにかぶりついた。


「……女ァ?」

「うん」


 ハンバーガーを僅か3口で食い切った紅朱は、ソースのついた指先をちろりと舐めながら、(うつほ)の質問に首を傾けた。


 空が聞いたのは、先程視た女のこと。

 皮を被ることで別の人間に化ける怪異は視たことがなかった。

 怪異か、もしくは皮の持ち主か。どちらでも良いので、何か知っていることはないか確認したのだ。


 紅朱はカップに入ったコーラをストローでちゅうちゅう吸いながら、少し考える。


「……さっきの“客”のことなら、前からるークンのこと指名してくれるお得意様って感じだけどォ」

「客?」


 皮の持ち主のことだろう。

 紅朱に霊感は無いので、本当の姿 (霊が人の皮を被った姿)は視えていないはずである。


 空が言葉を繰り返せば、紅朱は頷いた。


「ウン。るークン、アルバイトしてるの。そこでるークンを指名してくれるお得意様がァ、さっきのオンナノコ」

「アルバイト……」


 空は驚きで目を見張る。「へぇ」と少し驚きの混じった声も漏れた。

 紅朱は、言っては悪いがバイトなどするタイプには見えない。もっと言うなら、人の下につくようには見えないのだ。

 上司だろうが年上だろうが、気に入らなければ平気で暴力を振るう自由人。

 少なくとも空は、紅朱をそういう人だと認識しているため、無理だろうな、と思っていた。夢見通りでイケない小遣い稼ぎをしていることを知っているからこそ、余計に。


「……バイトの内容は? 聞いても大丈夫?」

「えー? ンー……、健全なデリヘル?」

「既に不健全では??」


 健全の意味を1回辞書で調べてほしい、と空は思った。

 デリヘルの時点で欠片も健全ではない。そして、高校1年生の行うアルバイトでもない。

 いや、まあ……納得できるといえばできるのだが。見た目は最高級品だし、色気がえげつないし、背が高いし、エロいし、援交してるの知ってるし……エトセトラエトセトラ。

 だが、健全なバイトらしい。


 ……健全な出張版性的サービスって何???


 頭にクエスチョンマークを散らす空に、ポテトをつまんでいた灯子(とうこ)暁美(あけみ)は紅朱の言葉に説明を付け加える。


「恋人代行サービスってやつよ」

「いわゆるレンタル彼氏ね」

「言い方が紛らわしい」


 素直にそう言えよ。空は心の中で悪態付く。

 だが、顔にその気持ちが表れていたらしい。紅朱が吹き出して笑う。


「アッハ♡ るークン、ナニかやっちゃいましたァ?」

自惚(うぬぼ)れるなよチーレム主人公」

「なンでるークンキレられてンの? うつぼチャンが鳴くまでぶち犯すのやめないよ?」

「紳士の風上にも置けないJ○J◯やめていただいていい? DI○が解釈違い起こしてWRYYYYY抗議しにくるかもしれないから」

「1のボケに対して10倍濃いボケでツッコんでくるのうつぼチャンのクセなン??」


 こんなゲスい容貌最強+色気全開(チート)(アンド)男も女も食い散らかす(ハーレム)主人公がいたら炎上とクレーム待ったなしである。主にDI○の。

 現実で良かった、と空は胸を撫で下ろしたくなった。


 そして、紅朱と空の会話を聞いていた灯子がポテトを変なところに詰まらせて咳をし、暁美がバニラシェイクを吹き出していた。

 その様子を見ていた空は、何してるんだろうこの2人、と少し不思議に思った。ついでに備え付けられたナプキンを手渡す。


 茶番はこの辺にしておき、話を戻す。


 レンタル彼氏。

 空は脳内で言葉を繰り返す。

 言葉自体は知っているが、実際にそういうサービス業がある、というのははじめて知った。

 人が妄想で作った職業じゃないんだな、と空は注文したチーズハンバーガーを1口(かじ)る。


「……じゃあ、さっきのはバイト中だったってこと?」

「ンや、それは違うよォ?」


 紅朱は次のハンバーガーの包装を解きながら否定した。


「今日はお休み」

「じゃあ、個人的に会ってたのね」

「ンや、それも違ァう。あの人とは職場で支給されるスマホにしか連絡先入っていませーん」


 あぐ、と大口でハンバーガーを半分齧った。


「セフレでもないし、今日は別に仕事でもねェし……なンか気づいたらあの人がいてェ、声かけられたトコまでは覚えてる」


 セフレがいるんだ。

 違うところが気になって仕方がないが、なんとか思考の方向を修正する。


「私が声をかけたのは?」

「ばっちり覚えてる」

「なるほど……?」


 催眠術か洗脳か、はたまた魅了か。

 霊の力を受けた人間が夢遊病のようにふらふら歩くことはよくある話だ。

 その霊が、生きている人をどこへ誘い込もうとしているのかはその時々で違うが、先程見た感じだとあまり良いところではないだろう。


 しかし。


「家族や友人の姿に化ける霊なら何度も聞いたことがあるんだけどなぁ……」


 紅朱を害して連れて逝くつもりなら、わざわざ客に化ける必要性を感じない。もっと身近な存在である、家族などに化けた方が確実だろうに。


 空が呟いた言葉に紅朱は口を開いた。


「るークン施設育ちだから、家族って家族はいないよォ」

「そっかぁ」


 だから、霊は女客に化けたんだな。

 客に化けた理由が分かったので、空の小さな疑問は解決した。

 空は納得して、ポテトを2本取ってもぐもぐ食べた。

 マックのフライドポテトってなんでこんなに別格レベルで美味しいんだろうなぁ、と新たな疑問が生じる。いつものことだった。


「ねー、やしろん」

「……」


 空は指を揃えた手を前に少し出した。待ったポーズである。

 口の中に食べ物が入ったまま喋るのは行儀が悪いと祖父から言われているのだ。

 空に呼びかけた暁美から「あ、急がなくてもいいよ」と言われたが、待たせている手前のんびり咀嚼するのも少し違うと思う。もっもっもっもっ、と通常の1.5倍の速度で咀嚼して飲み込んだ。


「んぐ、……はい? なんですか、アケミさん」

「その化け物ってさぁ、人の皮を剥ぐんだよね?」

「だと思いますよ? 流石に人間が顔を脱皮させるみたいな話は聞いたことありませんので」

「そんな話あったらそれこそニュースになるぜ、やしろん」


 灯子がツッコんだ。

 暁美は何故か神妙な顔で続ける。


「それって“顔剥ぎ”じゃね?」

「顔剥ぎ?」


 空は言葉を繰り返す。

 暁美は珍しいものを見る目をした。


「意外~。やしろん、ニュース見ない系?」

「ニュースは……まあ、見てますけど。そんな都市伝説や妖怪の話は無かったですね」

「あー、そっちか」


 暁美は納得したように頷いた。


「そっちじゃなくて、ほれ、あっち! 最近話題の連続猟奇殺人事件!」

「……あぁ、あれですか」

「そーそー。……あ、これこれ。このニュース」


 暁美は自身のスマホを(いじ)った後、空に渡した。

 画面に映っていたのはネットニュースである。


 最近起こっている、連続猟奇殺人事件。

 夕方から夜にかけて、10代から20代の女性が次々に殺害されているらしい。しかも、被害者の顔を綺麗に剥ぎ取られている状態であるとのこと。

 殺害されている被害者は女性だけ。遺体の損傷や現場検証の結果、物取りが目的ではなく、被害者へ怨みがある者の仕業ではないだろうか、とニュースで放送されていた。だが、その女性達は接点という接点はなく、住所や職業はバラバラ、交友関係もないため、捜査は難航している、とも。


「世間では“顔剥ぎ”って呼ばれてるの。顔が剥ぎ取られているから」

「はぁ。物騒なネーミングですね」


 都市伝説になりそうなネーミングだな、と空は思いながらスマホを暁美に返した。

 暁美はどや顔しながら続ける。


「つまりだね、その顔剥ぎはルージュの顔を狙っているのではないかと思うのだよ、ワトソン君!」

「今まで女性の顔ばかり狙ってきたのに、突然男性の顔を狙っている理由は? ホームズさん」

「やしろんや。分かってないな、おぬし」

「キャラを定めて貰ってよろしいですか?」


 暁美はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた後、紅朱を指差した。


 未整形天然物。それでありながら超美形の顔を持つ紅朱を。


「この顔よ? 誰でも欲しいでしょ」

「それはそう」


 空は間髪入れずに頷いた。

 男でも女でも、1度はなってみたい顔である。

 紅朱が女装してもなんの違和感も抱かないと思うから、余計にそう思う。


 話の話題になっている本人は、首を傾けている。


「るークン褒められてンの?」

「褒めてるよ。誘蛾灯みたいだなって」

「あ、それは上手いわワトソン君」

「ありがとうございます、ホームズさん」

「ディスってンだろオマエら」


 空と暁美は鼻先をピンと指で弾かれた。地味に痛かった。


「……まあ、実際にルージュの皮を狙っているのは確かなんで、どうにか対策したいところではある」

「皮って言い方やめない?」

「とりあえず、私の匂いを憑けておけばいいと思うけど憑けていい?」

「なんて???」

「「ぶっふぁ」」


 紅朱はポテトをぽてっと落とした。ああこれギャグじゃね? とか一瞬紅朱の頭を(よぎ)ったがすぐに脳の隅に追いやられる。どうでもいいしやかましいわ。

 それよりもとんでもねぇこと言われた気がしたのだが、これは現実だろうか。


「……うつぼチャン、なンて言った?」

「マーキングしていい?」


 現実っぽいなァ。

 しかも、とてもエッチな言い方をされた。


 視界の端にシェイクを吹き出してこっちをガン見してくるギャル2人が見えたので、紅朱はテーブルに備え付けてあった紙ナプキンを彼女らの前に投げてやった。

 だが、彼女らは口の端から白い液をボタボタ溢したままで拭きもしない。拭けよ。


「……なンでえっちに言い換えたの??」

「こっちの方が興奮するかなって」

「興奮はするけどね??」


 空の揺るがないポーカーフェイスを見ながら、ツッコむ紅朱。

 というかそのセリフはるークンのセリフじゃねェの?? と思わずにはいられない。

 まあ、清廉そうな空からエロいセリフが出てくるからこそ破壊力があるのだが。


「……一応聞くけど、なンでマーキングするの?」

「私に憑いてる怨霊ってかなり強いんだよね。それなりの悪霊でも避けるくらい強い力を持っている。憑かれている私も当然避けられる」

「そンなヤバいンだ、うつぼチャンに憑いてる怨霊」

「そうなんだよね。だから、私の怨霊のお手憑き(にマーキングされた人)に大抵の霊は手を出さないと思う」

「へー」


 視るだけで本能的に理解できる凶悪さ。力の差。

 その恐ろしい怨霊に憑かれている空には手が出せない。怨霊にお気に入りとみなされた人間にも手が出せない。

 ちょっかいを出せば、目をつけられれば、もう1度死を迎えるのが分かっているからだ。


「というわけで、マーキングしてもいい?」

「いいよォ」


 それで霊が寄りつかなくなるのなら問題はない。

 紅朱は二つ返事で承諾した。


 了承が得られたので、空は紅朱に体を向けて立ち上がる。


「じゃあ、ちょっと失礼」

「ン」


 空は紅朱の両頬を手で包んだ。

 見つめ合う2人にギャル達が小さく黄色い悲鳴をあげて成り行きをガン見する。

 空はゆっくりと肺一杯に空気を取り込んで、「ふぅ」と黒い靄を(・・・・)吐き出した。煙草の煙を吐き出したかのように、紅朱の頭部を中心に靄が彼に纏い憑く。

 その靄を紅朱が無意識に吸い込んだのを見て、空は紅朱から手を離した。


「はい、マーキング終わり」

「ンェ、もう?」

「うん」

「ちゅーしないの?」

「しないよ」

「えー、期待してたのにィ」

「趣旨が違うからね」


 不満を漏らす紅朱を無視して空は再度席に着く。そして、冷めてしまったチーズバーガーを食べ始めた。

 次回投稿は10月29日、水曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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