9話の2 よく憑かれる人
ショッピングモールのゲームセンターにて。
真剣な顔つきで、とあるUFOキャッチャーに挑んでいる3人の女子高生がいた。
「いいよぉ……やしろん。そこ……そこで、ストップ!」
“やしろん”と呼ばれた女子高生――空が、ボタンを押していた指を離す。途端に動いていた2つ足のクレーンが止まる。
彼女の隣にいた清楚系ギャル――暁美が「めっちゃイイ位置じゃん!」とバシバシと空の背中を叩いた。
「はぁ、それはよかったですね」と空が気のない返事をしている間に、もう1人が動く。
台の横から中の商品を睨み付けるのは、バチバチのメイクをしたプリン頭のギャル――灯子である。
「やしろん、動かしていいよ。あたしが見てるから」
「はーい。じゃあ行きまーす」
何故空がこんな所に居るのかというと、このギャル2人に誘われたからだった。
話は昼休みにまで遡る――。
*****
空のいる1年3組の教室で、ギャル2人と不良1人と一緒に昼食を取るのが当たり前となってしまった今日のこと。
珍しく今日は紅朱がいなかったが、LINEで昼休みに教室に行けないことを教えてくれたので、何か野暮用でもあるのだろう。空は特に気にしていなかった。
というわけで、女子3人で昼食を取っていたのだが、その最中に灯子が空に声をかけた。
「ねー、やしろん。放課後ヒマ? ヒマなら一緒にゲーセン行かない?」
「ゲーセン……ゲームセンターですか?」
「そそ。欲しいぬいぐるみがあってさぁ。それが出る台見っけたんだよねぇ~!」
ぬいぐるみが欲しいのならば、おもちゃ屋に行けばいいのでは。
と、空は思ったが、上手くいけば欲しいぬいぐるみが数百円で手に入るし、おもちゃ屋には売ってない可能性があるのか、と思い直した。
それなら確かに得だな。ついでに遊べるし。
空はそんなことを考えた後、口を開く。
「遊んだことが無いので、それでも良ければ行きたいです」
「よっしゃー行こ行こ! シューティングゲームとかやしろん得意そーだし!」
*****
――まあ、そういうことである。
3人がしているUFOキャッチャー。その台に入っている景品はお菓子だった。
少し小腹が空いたのと、うまく行けば1、2回で落ちそうな台があったので挑戦していた。
大箱のPOCKYが2本のバーの上に乗っている……所謂橋渡しと呼ばれるタイプの台。2本のバーの下がそのまま景品ダストになっていて、落とせば手に入るという仕組みだ。
景品である大箱POCKYは、その2本のバーの間に挟まっていた。正面から見て、景品の手前側が落ちて、斜めに引っかかっている状態だった。
「やしろんストップ!」
灯子の強い口調に、空の指が跳ね上がる。
クレーンが停止すると、今度はアームを拡げてゆっくりと下降していく。
「……アケミさん」
「どしたの、やしろん」
「私、UFOキャッチャーとかぶっちゃけ小銭の無駄遣いだと思って今までやったことがないことを棚に上げて言うんですけど」
「お、おう」
「これ、ちゃんと取れるんですか?」
空の目線の先には、景品の奥側にかかったクレーンアーム。それも、右のアームだけがかかっている。
「手前が引っかかっている状態なので、奥を引っかけるのは同意見なんですけど、かなり偏りのある掛け方ですよね。アームの右側だけ掛けても落ちなくないですか?」
アームが閉じて元の高さに上昇していく。
景品が引っかけられた右アームに引っ張られて、左側に傾く。つられて右手前が浮き上がる。
お。空と暁美の気持ちが浮き立つ。
……が、落ちるまではいかなかった。
ああ……。空と暁美の気持ちが落胆した。先程色めき立った分、結構がっかりした。
だよな、お金の無駄遣い。買った方が安くつく。
空は遠い目をした。
「ほら」
「うーん……こういうのは灯子の専売特許だからなぁ……私もよく分かんにゃい」
「そっかぁ~~……」
「やしろん次! もう100円! 次で決める!」
「格好いいね、トーコさん」
灯子に言われるがままに、空は100円玉を入れる。1プレイが可能となり、灯子に指示を仰いだ。
「次こっち! こっちの左奥を狙うからね!」
「ゲームマスターの仰せのままに」
「やしろん意外にノリが良いよね」
灯子に指示をされるがままにクレーンを動かす。言われたように、左奥を狙う。クレーンの底が大箱の頭にぶつかり、手前が浮き上がる。
そのままクレーンが上がれば、左奥に引っかかったアームが箱の面をなぞっていき、箱が直立と近い格好になった。
そして。
「ぃよっし!」
「おぉ……」
「灯子やるぅ!」
ガタン、と音がして、大箱が2本のバーの間からすり抜けるように景品ダストまで落ちた。
灯子はそれを見てガッツポーズ。
空は気の抜けた声を出していたが、目を少し見張っていた。
暁美は両手を上げて喜びを露にした。
「凄いですね。本当に2回で取れるなんて」
「縦ハメってゆーの。こういう橋がある系での基本的な取り方ってーか? なんかそんなやつ」
「ゲーセン来たら灯子強いからねー。特にクレーン系は無双状態」
「ダテに100円玉溶かしてないからね~!」
ピースをした手で自身の唇を横から挟み込み、アヒル顔をする灯子はどや顔をしていた。
「んじゃあ次はシューティング系にしよ! 我らはこれからゾンビバスターレディーズだゼ!」
「拳銃扱うのあまり得意じゃないんですよねぇ」
「チャカって言うのやめな??」
ひょんなことから空の祖父が元極道だと知っている灯子は真顔になった。
*****
ゲームセンターによくあるゾンビシューティングゲームは、意外と面白くてハマりそうだった。
ストーリーもあり、色んな銃器が使えて、様々な場面や敵がいて楽しいのだ。よくできている。
これは確かに金と時間を使うな、と空は100円玉の無くなった財布を見ながら思った。
灯子は宣告通り、UFOキャッチャーで無双したし、暁美は太鼓の玄人などのリズムゲームが得意だった。
放課後に友人と遊ぶ、という経験が乏しい空は、2人が楽しそうに笑っている姿を眺めながら目を細める。
たまにはこうして金を使うのも悪くないな、と自分でUFOキャッチャーでとったチロリチョコの包装を解いて口に放り込んだ。
「はー、遊んだ遊んだ!」
「いい時間だし、最後にプリクラ撮って帰ろー!」
「はーい」
2人の手招きにつられるように、空が歩き始める。
そんな彼女の視界の端に、見たことがある眩い金色が映り込んだ気がして目を向ける。
紅朱がいた。
見慣れた制服姿ではない、いつかの夜に出会った時のような私服を纏った男友達がいた。
片腕に女を侍らせて。片手の指を全て絡めて、所謂恋人繋ぎにして。
学校でもいつかの夜でも見なかった種類の、女受けの良さそうな爽やかな笑顔を浮かべている。
そして、女性も頬をうっすらと上気させていた。きらきらと輝くメイクで美しさの増した顔で微笑んでいる。
仲睦まじげな2人の様子は、誰がどう見ても恋人そのもの。
空はそれを良しとしなかった。
足をぐるりと方向転換。ギャルの自身を呼ぶ声を背中に受けながら、足早に2人に近づいた。そして、密着した腕を引き剥がすように、2人の間に強引に身を捩じ込む。
が、恋人繋ぎになっている手がまだ離れていなかった。2人共……というより、女が紅朱の手をがっちりと握り締めているのだ。女のよく手入れされた薄桃色の爪が、紅朱の手の甲に食い込むほどに。
そして、爪の跡が残るほど強く握り締められているというのに、紅朱は一切痛がる素振りを見せなかった。暗く淀んだ目と、吊り上がる形で固定された口の端はまるで、人形が浮かべる笑顔のような無機質さである。
空はその手を感慨なく見下ろした後、女の手首を無造作に掴んだ。
女の顔を視遣る。
「逃げていいですよ」
まるでパーティー用の被り物をしているように、誰かの顔の皮を被った女の顔を視ながら、掴んだ手首に力を込める。
「私は今、気分が良いので、見逃してあげます。だから」
メキリ。骨が軋む音がした。
「とっとと離せ。喰われてぇのか」
黒い靄を吐きながら、空が吐き捨てる。
女はぶるりと震えた後、パッと手を広げて紅朱から手を離した。
「――あれ、うつぼチャン?」
すると、今頃気づいたように、紅朱は目をパチパチと瞬かせる。
先程のような、生気の感じられない表情ではない。濁っていた赤い瞳に美しいハイライトが浮かび上がっている。
その瞳が空を捉えると、目尻が少し垂れて、愉快なものを見る笑みに変わった。その笑みも、仮面のようなものではなく、己に意思があることを感じさせる表情だった。
「うつぼチャンがこんなトコいるとかめずらしー。どーしたの? ぼっちならるークンとデートする?♡」
「ぼっちじゃないよ。私と来たら酒池肉林の主にはなれるけどどうする?」
「なんて?」
理解できないカウンターが飛んできて、紅朱が面食らう。
その間に、空は紅朱の手を取って、ギャル2人が待つプリクラ撮影機へと歩き始めた。
ちなみにこの後4人でめちゃくちゃ酒池肉林した。
次回投稿は10月28日、火曜日、0:00です。
よろしくお願いします。




