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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
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7話 ワルいふたり

 第7話、全3回に分けて投稿いたします。

 センシティブなお話になります。

 絶対に真似しないでください。

※事後表現、未成年の飲酒を仄めかす表現あり。

 足先が冷たくて、紅朱(ルージュ)は目を覚ました。


「ン~……」


 そして、先程まで己を貪っていた“客”がいないことに気づいた。睡魔で重たい頭を緩やかに回転させて、記憶を辿る。眠る前に見たのは確か……そう、服を着直す男の後ろ姿だ。

 客は先に帰ったらしい。

 添い寝までサービスしてあげたのに……、と紅朱は思ったが、あの人奥サンいたんだっけと思い直して寝返りをうつ。腰が痛んだが、無視できるレベルだった。

 紅朱は薄いシーツをかき集めて(うずくま)る。まるで胎児のような体勢で、彼は再度微睡(まどろ)み始めた。

 傍のサイドテーブルには、剥き出しの1万円札が3枚、置かれていた。






 1時間後、紅朱は起き上がった。

 手足が冷たくてあまり眠れなかったのだ。

 紅朱は寒いのが苦手だった。特に手足などの末端はよく冷える方である。

 今の季節なんて、紅朱の数少ない天敵のようなものだ。


 寝ぼけ(まなこ)でベッドから降りる紅朱は何も着ていなかった。

 惜しげもなく晒された白い肉体は細身ながらに程良く筋肉質だった。贅肉だなんて全く見受けられないその美しい体には痛々しい痣ができていた。腰の側面。そこに、手の形をした青い痣があった。


 彼は部屋の床に散らばった服と下着を回収すると、ふらふらとした足取りでシャワールームへ向かう。

 備え付けの籠に回収した下着と服を落とすように入れてからシャワールームに入る。

 頭からお湯をかぶると、お湯貯めればよかったなァと考えられるくらいには眠気が吹っ飛んだ。


 完全に眠気が吹っ飛んでしまい、紅朱は困っていた。

 シャワーを浴びて体液濡れになった体を洗ってさっぱり清潔になったのはいい。

 下着と服も着て、先程より寒さは感じないだろう。だから、もう一眠りしようかとベッドに横になったのに、睡魔は全く訪れてくれなかったのだ。


 こうなったら暇である。

 部屋に居ようにも、備えつけのオモチャで遊ぶかテレビで映画を見るかという少ない選択肢しかない。


 紅朱はまだ温もりがあるベッドから名残惜しそうに起き上がり、部屋のキーを手に取った。

 そして、ラブホテルから出る準備を進めた。
















 時刻は深夜2時を回った頃。

 ラブホテルから出た紅朱はどこに行く訳でもなく、近くのガードレールに腰掛けてぼんやりとしていた。


 紅朱の視界には客引きしている男や、赤い顔をして千鳥足で自宅を目指すサラリーマンが映っていた。

 キャバクラやクラブが多く立ち並んでおり、それに伴いラブホテルもあちこちにあるのを紅朱はよく知っている。

 老若男女の夢や欲を満たす大通り――通称“夢見通り”と呼ばれるここは、紅朱もよく利用しているお気に入りの場所だった。

 こうして突っ立って、道行く欲求不満な人達に流し目をしてやれば容易く釣れる。

 紅朱はお金を貰える。客は気持ちいいことができ、欲を発散できる。お互いにWin-Winの関係である。

 中には本気になってしまう人もいるから、それが面倒ではある。あるが、その面倒も含んで、紅朱はここへ来るのが好きだった。


 ほんの数時間とはいえ、寒さや渇きを誤魔化すことはできるから。


 目に優しくないネオン光や、酒が入って気の大きくなった大人が言い争っているのを眺めていると、声をかけられた。


「あれ、ルージュさん?」


 正確には、名前を呼ばれた。

 夢見通りで遊ぶ時には偽名を使っている。そのため、本名を呼ばれることはあまりない。

 こんな真夜中に、こんな場所で、自分を呼ぶ人なんていたっけ、と紅朱は名を呼ぶ誰かに目を向けた。


「……ハ?」


 紅朱は呆けた。予想だにしていなかった人物がそこにいたから。


 夜の雰囲気が似合わない大和撫子。

 もしくは闇に溶け込む日本人形。


 烏の濡れ羽色が、美しい黒髪を表す色だと何かで知っていた。日本人女性の理想美の1つ。青みを帯びた黒を表す言葉だ。その黒髪が、街灯の光を受けて天使の輪っかを作っている。

 青い瞳が紅朱を真正面から見ていた。全てを見透すような、美しい青矢車菊の蒼玉コーンフラワーブルーサファイア。見ているだけで気持ちが落ち着く、優雅で繊細な青の色彩はまさしく最高級品。きっと目玉だけ刳り抜いて闇市場に売り捌いたら高値で売れるだろう。

 つるりとした柔肌は生白い。陶器のようにも見える。


 日本人形が擬人化したら、きっとコイツみたいになるんだろうなァ。

 まァでも、ワーカースタイルなファッションをする日本人形はいないか。

 と、そんな感想を覚えた。


 シャツと濃いグレーのパンツスタイル。一見すると寒そうに見えるが、シャツの下にタートルネックニットを仕込み、更には厚手のツイードジャケットを羽織っている。防寒対策は万全のようだった。

 全体的に落ち着いたカラーで纏められているため、優等生らしいきっちり感や、彼女らしい上品で洗練された印象を受ける。


 彼女の名は(やしろ) (うつほ)

 紅朱のここ最近のお気に入りの女子だった。


(今、会いたくなかったなァ)


 胸の奥の臓器がぎちぎちに締め上げられるような痛みを無視して、紅朱は口元に微笑みを浮かべた。






*****






 とんでもなくドエロい男がいるなぁ。


 空は目の前の男が、本当に自分の知っている早乙女(さおとめ) 紅朱(ルージュ)なのか、確信が持てなかった。

 空が知っている紅朱は、色気のある絶世の美男子である。ただエロいというわけではなく、爽やかで健全な色気を持っている、大人っぽい青少年。

 だが、目の前の男は違う。しっとりとした夜の雰囲気を纏った、魔性の色気を放つ百戦錬磨の男婦のような。満月よりも欠けた三日月がよく似合うオム・ファタールである。


 ()がゆるやかに口角を上げる。

 いつも見る無邪気な笑みではない。

 どうすれば人の欲を掻き立てられるのか、どうすれば自身がよく魅せられるのかが計算してある笑みだった。

 そしてその笑みを、無意識……というか、反射でしているのだから恐ろしい。


「うつぼチャンてばイケナインだァ。こんな真夜中に夜遊びィ?」

「うわエッロ」

「ン? なァに?」

「いえ何も」


 空が荒れ狂う内心を落ち着かせるために1度深呼吸をした。下手したら鼻血が出そうだと真っ暗闇の天を仰いだ。


「はぁーっ……私、これからコンビニに行くんですけど、一緒に行きますか?」

「ウン。いーよォ。暇だったしィ」


 紅朱はあっさりと頷いて立ち上がった。











 ピロリロリーン。

 コンビニエンスストアの扉を開けると「ぃらっしゃっせ~」という気の抜けた挨拶が聞こえてくる。

 空はコンビニ内にある、ショッキンググリーンの小さな籠を手に取った。


「うつぼチャンは何買いに来たン?」

「酒です」

「……」


 紅朱は目をパチパチさせた。

 そして、お菓子が並べてある棚から目の前のつむじに目線を落とす。


「……今なンて?」

「お酒飲みたくて買いに来ました」


 平然とした顔で「本当はカシスオレンジとかファジーネーブルが飲みたかったんですけど、作るのめんどくて」とか言う16歳の女子高生に、紅朱は目を点にする。見た目詐欺師とはこの子のことだ。

 その見た目詐欺師はアルコールが並んでいるリーチインからチューハイを取り出している。商品名は『華金酔 カシス&オレンジ アルコール3%』。

 先程まで援交していた紅朱が言えることではないが、「マジでワルい子じゃん」という呟きが漏れた。


「ルージュさんは飲まないんですか?」

「ン~……飲めないことはないンだけど、るークン結構弱い方だからあんまり飲まないかなァ」

「へぇ。意外です」

「とってもブーメラン。うつぼチャンこそお酒イケちゃうンだ? 強いの?」

「焼酎の一升瓶あるじゃないですか。あれ一気飲みしてなんともなかったから、多分めちゃくちゃ肝臓強いです」

「バッッッカじゃねェの????」


 紅朱は、真顔でサムズアップしている空の頭を叩く。彼女は「いった」という大して痛そうには聞こえない声を出した。

 駄目だこいつ人の皮を被ったバケモンだ。肝臓がレアメタルでできてやがる。

 というかまず焼酎を一気飲みする状況って何???


 色々と聞きたいことはあったが、何から聞けばいいのか分からなくなって断念した。

 きっとクソ真面目な顔で訳の分からないことを言われるのを予知したとも言い換えてもいい。


 紅朱は「ハァ」と気怠げに息を吐くと、商品棚を適当に見遣る。

 そして、商品の1つに目を止める。それを少しの間見つめた後、手に取って空の持つ商品籠に放り込んだ。


「? なんですかこれ」

「ゴム」

「ゴム?」

「ウン。さっき使い切ったの思い出した。お金あとで払うからさ、ついでに買ってくンない?」

「いいですよ」


 こんな小さな四角のパッケージで売ってある輪ゴムなんてあるんだ、と空は新発見をした気分だった。


 ……ゴムってサイズとかあったっけ。XL? あのバンドみたいな分厚い輪ゴムのサイズのことかな? でも0.03ってなんだ……?


 空は不思議そうに首を傾けたが、気を取り直したように酒のつまみになりそうなものを籠に入れていく。あっという間に不思議な小さな箱はおつまみに埋もれていった。


「他に買うもの無いならお会計しますけど」

「ン~……肉まん食べたいかもォ」

「分かりました」


 紅朱はレジへと向かう空の後ろ姿を眺めていた。

 アルコールや煙草類を買うことができるのは20歳……つまり大人からだ。

 空の身長は155センチ前後。美人だが子供っぽさが抜けきっていない。良くも悪くも高校生より上には見えない。

 そんな彼女がどうやって酒を買うのか気になった。


 紅朱が空を見ていると、ふと彼女の姿がぼやけた(・・・・)

 まるで鉛筆で書かれた文字を消しゴムで擦るような……それなのに、上手く消えなくて逆に紙が汚れていく……そんな感覚。

 紅朱は何度か(まばた)きする。その間に、空の姿が変わった(・・・・)


「ォ……?」


 大人(・・)がいる。

 身長は160センチほど。艶やかな黒い長髪が靡いている。

 後ろ姿のため顔は見えないが、きっと大人びた顔つきをしていることだろう。

 だから、“変わった”というよりは、“成長した”の方が正しそうだ。


「これ、お願いします」

「あいっす」


 店員は店内の客の容姿にあまり興味がないのだろう。少しばかり成長した彼女を何も疑っていないのだから。

 ただ、籠の底にあるコンドームの箱は気になったらしく、バーコードを読む手がとまる。

 店員はちらりと顔を上げて、空の顔を見た。

 目線に気づいた空は首を傾ける。


「何か?」

「あ~いえ~……」


 店員の目が空の背後にいる紅朱を捉える。

 紅朱は少しだけ目をしならせて、口の端を上げて色っぽく笑う。

 意味深な色気で黙殺してくる彼に、店員はサッと目線を下げて業務に戻った。


「3,461円になります~」

「あぁ、はい」


 それ以外は特に何も起こらず、空は無事買い物を終えた。

 「ぁりあとござっしたー」と店員の挨拶を背中に受けながらコンビニから立ち去り数メートル離れた時には、紅朱がよく知る空の姿に戻っていた。


「今のナニ? うつぼチャンの姿が変わったように見えたンだけど」

「ただの幻覚です。霊感のない一般人なら、私が大人に見える程度の弱い幻術なので、影響は無いと思いますよ」

「へーえ……?」


 怨霊って便利だな、と紅朱は思った。


「……あの、ルージュさん」

「ン?」

「コンドームってコンビニにも売ってあるんですね……。初めて知りました」


 空が店員から貰ったレシートを見ながら「ゴムって輪ゴムじゃなくてコンドームのことかぁ……」と納得したように呟く。

 紅朱は目をパチパチさせた。


「ほら、ここ。これ、コンドームの商品名ですよね?」


 文字を指差す空の目は、なんだかキラキラしている。知らなかったことを知ることができた興奮が、知的好奇心がそこにはあった。

 こういう時、女性は怒るか睨んでくるか、羞恥で黙るか……大体そういう反応をする。

 しかし、空は違った。

 今まで見たことがない反応をする空に、紅朱は「アッハ!」と吹き出して笑った。

 次の投稿は8月25日、月曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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