6話の2 救い
※暴力表現、鬼畜表現、胸糞表現、生々しい表現あり。
犯罪行為あり。
絶対に真似しないでください。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
電車に揺られる空は満腹感と充足感からうとうとしていた。
中学、高校と友人のいなかった空は、休みの日に同年代で遊んだことがない。そのため、今日の体験というのはとても貴重なものだった。
特段お洒落にも興味がないので、ショッピングモールでは着せ替え人形ばりに服を色々と見て貰ったし、「スキンケアくらいはいいと思うよ」とクレンジングオイルや乳液、美容液などもついでに見て貰い購入した。
手持ちの化粧品はひび割れ防止の薬用リップと手の保湿クリームくらいである。正直化粧品と呼ぶのもどうかと思われるような消耗品だ。
それを2人に伝えたら「お肌もっとつやぷる潤い肌になるからね!」とシマエナガばりに密着された。両手に花、もとい両頬にギャルである。確かに2人共つやぷる潤いほっぺだった。
ヴー、ヴー。
「ん……?」
空のスマホがバイブ音を響かせている。
電車の中での通話は控えること、混雑している時は電源を切ることは電車内で流れる音声案内でも周知されているマナーである。
空は電源こそ落とさないが、スマホをマナーモードに変えたり、着信音が鳴らないようにバイブ音に設定するなどの工夫はしていた。
スキンケア頑張ってみるか、と空が思っていたところにこのバイブ音。
微睡みの邪魔をされて顔をしかめて、懐からスマホを取り出した。そして、うっすらと開いた目で相手を確認した。
「……トーコさん?」
灯子から連絡がきていた。
……確か、彼女は今、腐れ縁の元友人と会っているはず。
空はくあ、とあくびをした後、赤の通話キャンセルボタンを押した。電車内で通話をするのはあまりよろしくないと空が思う故の行動である。
次に灯子のトーク画面を開く。
────────────────────
〈 トーコ
うつほ
:すいません。今JRに乗ってます。
また後からかけ直します。
────────────────────
送信後、空はスマホの画面を暗くした。そして、収納すことはせず、暗くなった画面を腹部に当てるように手に持ったまま、目を閉じる。
さて、もう一眠り、と空が寝る体勢に入った瞬間。
ヴー、ヴー、と。
再びバイブ音が。
「はぁ……」
空はスマホの画面を見る。
相手は変わらず“トーコ”。
急ぎの用でもあるのだろうか。何か忘れ物でもしたかな。
空は身動ぎして姿勢を正してから、緑の通話ボタンをタップした。
「はい、もしもし。社です」
空がスマホを耳に当て、囁くような小さい声で話す。
しかし、相手からの応答はない。「ザー……」というノイズが聞こえてくるだけだ。
空は再度「もしもし?」と声をかける。
今度は応答があった。
『たすけて』
知らない女の声だった。ノイズ混じりの掠れたような、恐怖で震えたような声。
空の頭が一気に冴える。
1度スマホを耳から離して画面を確認する。通話相手はやはり“トーコ”だった。
空はそれを確認した後、再度耳にスマホを当てる。
息をするのもやっとな、苦しげな呼吸音と共に『お……にぇ、がぃ』『たひゅ……け、ぇ……』と何度も救いを求めている。
「あなた達、どこから電話かけてます?」
空の目は正面の斜め上を見ていた。
目線の先には、電車の次の行き先を示す、横長の電光掲示板があった。
*****
二田水 仁菜は押しの弱い子だったと、灯子は記憶している。
自分の意見を言うことが苦手で、相手からグイグイこられると頷いてしまうような子だった。
そのせいで、色んな男に良いように使われて捨てられるような女子だった。
仁菜と仲良くなったのは、席が近く、何度か同じグループで勉強や実験などを行なっていたからである。
灯子と暁美がギャルメイクをし始めたのは高校生になってからで、中学では他の女子より垢抜けているだけの、気の強い女子生徒だった。
今思えば、仁菜はその気の弱さから灯子達にものが言えず、流されるままに一緒にいたのかもしれない。友達だとは思っていなかったのかもしれない。
「フザっけんな!! 離せクソが!!」
そう考えないと、灯子の身にどうしてこんなことが起こっているのか、理解ができなかった。
少なくとも灯子は、友人を自分の彼氏とその男友達に差し出すような真似は絶対にしないから。
仁菜が自分をハメたなんて、信じたくなかった。
「おいコーイチ、ちゃんと拘束しとけ~?」
「分かってますよぉ~……へへ」
灯子をソファに押し倒し、拘束しているのは2人の男だった。
灯子の頭上で彼女の腕を拘束している男。
黒髪黒目、中肉中背と容姿で遊んでいるようなところは見受けられない。ヒョロリとした痩せぎすな見た目だが、灯子の腕の拘束がビクともしないあたり、やはり男らしく筋力はあるようだった。
名前を長谷川 興一という。
そして、灯子に太股に馬乗りして、ハサミをシャキシャキと鳴かせる男。
こちらは茶髪黒目。シャツに浮き出る筋肉の盛り上がりと上背のある男だった。その筋肉質な体と顔から闘牛のような印象を受ける。
名前を高遠 光秀という。
高遠が慣れた手つきで灯子のトップスの裾を引っ張り布をピンと張ると、無遠慮にハサミの刃で挟み込み、切り始めた。
灯子の悲鳴がワントーン高くなり、抵抗が更に激しくなる。
ジョキジョキという音と灯子の「いやだ」「やめろ」というつんざくような悲鳴が混じり合う。
灯子は頭を振り乱し、80キロはある男の体重が乗せられた足を必死にバタつかせた。が、びくともしない。足のバタつきで股間を刺激された男が熱いため息を吐き、今まで多くの女を泣かせてきた逸物を更に硬くさせるだけだった。
「ねぇ仁菜! どうにかしてよ! これっ、これシャレになんないって!! ねぇ仁菜っ! 仁菜ぁぁああっ!!」
泣きの入った震えた大声。
それに反応したのか部屋の隅で蹲っていた最後の1人が肩を跳ね上げた。
ガタガタと震えている女だった。
目から涙をぼろぼろとこぼし、口から漏れる悲鳴を両手で押さえ込み、フゥフゥと鼻呼吸をしていた。
彼女の名前は二田水 仁菜。
灯子をこのカラオケ店の個室に呼び出した張本人である。
彼女には悪いことをしている自覚と、灯子に対する罪悪感があった。本当に申し訳ないことをしていると思っている。だから、泣いていた。
でも、しょうがないとも思っていた。だって、こうして自分の代わりを連れてこないと、今度は自分が酷い目を遭うのだ。
自分が助かるには嫌でもこうするしかないのだ。
「ああもううるせぇなぁ!?」
「ぶっ……!?」
彼氏である高遠 光秀は暴力とセックスが何よりも好きで、そして短気な男だった。
仁菜も何度か彼と肌を重ねたことがある。しかし、そのたびに首を絞められたり、顔を殴りつけられたりと、暴力を受けていた。
特に、腕で顔を隠したりするとよくキレられた。彼は、泣いて拒絶しながらも自分から逃げられず絶望する女の顔が大好物だった。仁菜の恐怖や痛みで歪んだ顔もそれなりに好きだったため、隠されるとトサカにくるのだ。
仁菜は痛いことが嫌いだった。
だから、仁菜はある日、情事後にスマホを弄る高遠に土下座して頼み込んだ。全裸のままで。「代わりの人を見つけるから、それで勘弁してください」と。
震える彼女の後頭部を見ていた高遠はにちゃりと嗤い、ナメクジのような舌でベロリと唇を舐めて了承した。
「おらっ! おらぁっ!」
「うぎゅ! やべ、ぼうやめ……てっ、ぼっ、ぶゅ……ぅうっ!」
「高遠さぁん、あんまり顔やらないでくださいよぉ。前の女、顔がパンッパンに腫れてバケモンみたいで萎えたんスから~」
「分かってるよっ! ふっ! うるっ! せえっ! なああっ!?」
「ぎゃっ! ふぐぅっ! ぁが!?」
「分かってねぇなこれ……」
私は悪くない。何も悪くない。悪いのは痛いことや嫌なことをしてくる彼氏の方で、私は被害者なのだ。だから、身代わりを差し出すことは正当な自己防衛の1つだ。
仁菜は心の中で必死に言い訳を考えていた。
「ひっく……ぐじゅ……っ、ゔ、ゔぅぅ……!」
「あ、気絶した」
「丁度いいな。服脱がせちまおう」
「はいっ。へへっ」
いつも、こうやって乗りきってきた。今回だって、上手く行けば、1ヶ月くらい高遠は機嫌が良くなる。
最初は同校の友人。清楚で可愛らしい女の子だった。長い黒髪とぱっちりとした目が素敵なおしとやかな娘。拾って貰った消しゴムから仲良くなったのだ。
頭も良かったその子に「課題のことで質問があるから、休日に一緒に勉強でもしない?」と誘った。
――彼氏に貪られ、長く潤いのあった髪は引きちぎられ無惨な姿になった。
次は同校の生徒会長。凛とした顔つきと立ち振舞いが女子に人気な人だった。剣道部部長も兼任する、ショートカットの美しい人。仁菜も彼女のことを尊敬していた。
正義感も強い先輩に「クラスメイトにからかわれたり物を隠されたりするんです。いつかお話しできませんか?」と相談した。
――彼氏に顔を殴られ、キリッとしていた顔つきが、威嚇するフグのように膨れ上がっていた。
3人目は友人の姉。染めたであろう茶髪と緩くかかったウェーブのセミロングがチャーミングな大学生。少し厚めの唇がぷるぷるしていた。
面倒見がいい彼女に「友人の誕生日が近いじゃないですか! プレゼント贈りたいんでアドバイスしてくれませんか?」とおでかけした。
――彼氏の好みだったのか、執拗に、粘着質に、ゆっくりと壊され、息絶えた。
そして、4人目。
中学時代の友人。気が強くて、ハキハキしてて、自分を心配してくれる。こっそりと憧れていて、彼女の友人であることが自慢だった。
――それが、長 灯子である。
もう慣れたものだった。スマホを触る手も震えない。だって、呼び出すだけでいい。あとは全部彼氏がやってくれる。仁菜はよく知っていた。
自分は部屋の隅にいればいい。しばらく耐えればいい。震えていればいいだけなのだ。だって、自分は何も悪くないのだから。
だから今回も、大人しくしていれば、向こうも勝手に盛り上がってくれる。満足したら声をかけてくれる。
仁菜が大きく鼻で空気を吸い込み、吐き出そうとした――その瞬間である。
ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!
部屋の扉から音がした。
指の関節の骨で、扉のガラス部分を強くノックしたのだろう。大きい音に、仁菜はビクゥッ! と肩を跳ね上げた。
その音は、仁菜だけではなく男2人にも聞こえていた。唯一聞こえていないのは、顔を手加減なく殴られ、痛みとショックで気を失った灯子だけである。
3人が顔を上げて、部屋の出入り口である扉を見た。
部屋の前に誰かが立っている。
店員。……ではない。
このカラオケ店の従業員は、店員であるを示す赤色の前掛けエプロンをしている。磨りガラス越しでも分かるトレードマークが、扉の前の人物には見当たらない。
そして、部屋にいる誰もがフードメニューの注文をした覚えがなかった。
「失礼します」
入室の許可も聞かずに、扉は開けられる。
扉からひょこりと顔を出したのは、前髪をぱっつんとしている、おかっぱのボブヘアーの女子だった。
連想したのは日本人形やこけし。和の雰囲気がよく似合う女だった。
「トーコさん、いらっしゃいます? こちらで性的暴行を受けそうになっているとタレコミがあったのですが……ああ、いらっしゃいますね。よかった、始まる前で」
女の言葉を聞いた高遠は訝しげに仁菜を見る。
仁菜が、女の言うタレコミをしたのではないか……そう考えたのだ。
仁菜はブンブンと首を横に振る。高遠に睨まれて顔が真っ青だった。
仁菜は本当にあの女がどこの誰だか知らなかった。見たこともない。タレコミだってしていない。
高遠はその様子を見て、嘘をついていないと判断した。
そして、女に向かって強い口調で問い質す。
「……誰だテメェは」
「誰だっていいでしょう」
「あ"ぁ?」
睨み付けてもどこ吹く風。
女は扉を自分が入れるだけ開き、ぬるりと室内に入る。
「あなた達は、強姦した女性被害者の名前をいちいち覚えているんですか?」
ガチャン。
扉の閉まる音がやけに大きく聞こえた。
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