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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
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6話 空く胃

 第6話、全6回に分けて投稿します。

※ゲスくて過激なお話、その序章になります。

 未練とは。

 心残りがあること。

 諦めきれないこと。


 誰にだってやりたいことがあるものだ。でも、様々な理由でそれができなくて、諦める。……それでも、「やりたかったなぁ」と引きずることはよくあることだろう。


 生きている時だってそうなのに、もし死んでしまえば、未練(それ)は己をこの世へ留める杭となる。


 たくさんの霊を視てきた。


 お爺さん。

 お姉さん。

 お母さん。

 ペット。

 お婆さん。

 お兄さん。

 子供。


 たくさんの未練を視てきた。


 孫の顔が見たかった。

 弟の結婚式に行く途中だったの。

 子供を置いて逝けないわ!

 ご主人様が失くした指輪を探してるの!

 もう少しだけ、家族の傍に居てあげたかったねぇ。

 甲子園まで皆を連れていきたかった……!

 僕もうすぐお兄ちゃんになるんだ!


 その未練を解きほぐし、満足させてやれば、彼らはようやくあの世へと旅立つことができるのだ。


 ――ありがとう。


 たくさんの感謝を受け取ってきた。

 ただし、その感謝を受け取る女は、どうしようもないクズである自覚があったので、()われて良かったねと心から思うのは本当にその時だけである。

 数時間すれば記憶の片隅に押しやってしまう程度には、霊を救う行為をするのはわりと日常茶飯事なことだった。


 だから、これから行われる()劇も、彼女からすれば日常茶飯事なことで、ほんの数日すれば忘れられるような出来事だった。






*****






 麺を啜るという行為は江戸時代から続く、日本の伝統的な食文化である。

 麺を啜って食べると、麺と汁が同時に口の中に入り、出汁の味や風味を一緒に味わうことができるのだ。また、啜る時に空気も吸い込むため、汁やトッピングの匂いも鼻に広がる。

 つまり、味覚だけでなく嗅覚でも食を楽しめるのである。

 

「ご馳走さまでした」


 そうしてしっかり楽しみながら完食したのは、ラーメンである。

 ただのラーメンではない。

 麺大盛り5玉分、野菜2キロ、総重量6.5キロの巨大豚骨ラーメンである。


 それを汁まで完食したのは、身長160センチ弱の小柄で清楚そうな女子だった。

 彼女はお冷やを飲みながら、ちらりと店員を一瞥する。

 店員は目を剥いて驚きを(あらわ)にしていた。


「タイム、どのくらいです?」

「19分45秒……。きょ、巨大豚骨ラーメン、チャレンジクリアです……!」


「わーすっごーい! クリアした~!」

「やしろん大食いもできるとかすごくね!?」


 中身がなくなった巨大などんぶりをパシャパシャとスマホで撮りながら褒め称えるのは、やしろんと呼ばれた女子の友人達である。

 ただし、大食い女子のように大人しい見た目はしていない。真逆の派手な見た目だった。

 名前を暁美(あけみ)灯子(とうこ)という。


「ねぇこれXに載せていいっ?」

「店から許可降りたらいいですよ」


 すごいすごいと喜ぶ2人を尻目に、巨大ラーメンを完食した女子は、店員から成功報酬の賞金1万円とラーメン1杯無料券を受け取っていた。ついでに巨大ラーメンのお代は無料(タダ)


「じゃあダイナマイトパフェを食べにいきましょうか」

「えマジでパフェまでイケんの?」

「まだいけますね。パフェも1人で食べられます」

「やしろん胃袋どうなってんの……?」


 平然と4キロ(ダイナマイト)パフェも1人で食べようとしているフードファイターもどきに、友人2人は恐れおののく。


「食費大丈夫……? バイト先教えよっか……?」

「除霊である程度稼げてるから大丈夫です」

「あー、そっか」

「ぼったくってるもんね」


 大食い女子……名前を(やしろ) (うつほ)という。

 最凶の怨霊に取り憑かれている、高校1年生である。


 彼女は先日のおでかけの約束……ダイナマイトパフェを2人と一緒に食べる約束を果たすために隣町に来ていた。

 基本的に予定のない空は、2人のバイトが無い日に予定を合わせている。


 午前11時、駅前集合。そこからJRで移動。3人で昼食を取り、近くのショッピングモールを散策する。

 そして、ダイナマイトパフェを予約している店に15時に来店して、パフェを3人でつつく。腹ごなしに町を軽く散策して解散。

 おおまかにこのような予定であった。


 つまり、3人は現在昼食を取っていた。

 何故ラーメン屋に来ているかというと、じゃんけんでここに決まったからだった。


 暁美は「手早くちゃちゃっと食べたい!」とマックを選択。

 灯子は「なんかがっつりしたもの食べたい気分」とラーメン屋『まっとう亭』を選択。

 空は「食べられるならどこでもいいですけど……強いて言うならお寿司食べたい」と寿司屋『くる寿司』を選択。


 そして始まるじゃんけん大会。

 第1回戦――最初の脱落者は空。

 第2回戦――脱落者は暁美。

 じゃんけん大会を制したのは灯子。決め手はパーだった。


 ラーメン屋『まっとう亭』。

 1番人気はまっとうラーメン。家系ラーメンの一種で、濃厚でパンチのある豚骨醤油スープ、スープによく合う自家製の中太麺が特徴的な王道ラーメンである。

 トッピングはもやし、海苔、メンマにチャーシューが初期装備。そこから料金を支払って追加していけるのでアレンジがきくのである。


「あー、おいしかった~! 満腹満腹!」

「でも運良かったねぇ、やしろん。今日大食いチャレンジする予定のOur Tuber(アワーチューバー)来なくて」


 基本的に大食いチャレンジに挑戦する時は事前の予約……遅くとも前日までに予約しなければならない。

 しかし、今日はそのチャレンジを予約していた大食いの人が急遽体調不良で来られなくなったらしい。

 既に用意済みの豚骨ラーメンをどうしようかと店員が悩んでいたところに空達がオーダーを出すために店員を呼んだ。

 そして、空が「この大食いチャレンジって今から作って貰ってやることってできますか?」と駄目元で確認したことで大食いチャレンジに挑むことができたのである。

 まさか汁完までするとは店員も思っていなかっただろう。


「よっしゃショッピングいくどー!」

「いくどー!」

「どー」


 さて、次の予定ではこれからショッピングである。

 彼女らは次の目的地であるショッピングモールへと足を進めた。






*****






「やしろんってさぁ」

「? はい」

「食べたものちゃんと胃に行ってる?」

「行ってなかったらどこに行くんです?」

「ブラックホールとか」

「私の食道が宇宙と繋がっているとでも?」


 4キロのダイナマイトパフェ。贅沢に使われた新鮮なフルーツ。これでもかと盛られた生クリームにアイスクリームとスポンジ層が交互に器を満たしていた。そして、お菓子のポッキー、マカロン、クッキーまで。

 甘党なら誰もが夢に描く巨大パフェである。

 その4分の3が、ギャル2人の対面に座る空の胃袋に消えていった。


 暁美と灯子が不思議に思うのも無理はない。だってこいつ既に6キロのラーメンを胃に詰め込んでいるのだ。いくら「甘味は別腹ですよ」と本人が言えども全く信用できない。およそ3キロのパフェを詰め込む余白があるものなのか。

 一切衰えぬその吸引力に、いっそのこと「実は体内にダ胃ソンを仕込んでいまして」とネタバラシされた方がまだ信じられる気がした。

 「ちょっとお腹触っていい?」と灯子から真剣な眼差しで確認を取られ、空は不思議そうに了承した。

 どうやって触らせようかと空が考えていると、まずは灯子が動く。

 灯子は空の隣の席に座ると、「失礼しまーす」と緊張した手付きで腹部に掌をあてた。そして、「はあああっ……!」と演技めいた声をあげた。しばらくぺたぺたと腹部を撫で回すように触っていたが、満足したのか立ち上がり、首を横に振りながら暁美にバトンタッチした。

 灯子は頬を紅潮させていた。未知なるものに知って興奮しているのが見て取れる。


「やっばいよ。あの、もう……やっばいよ」

「語彙力どうした?」

「そんなにですか?」


 いまいちヤバい実感がない空が首を傾ける。

 暁美が空の隣に座る。そして、「失礼しまーす……」とおそるおそる腹部をつついた。

 暁美は眼を見開く。

 服の上から触っても分かる、腹部の盛り上がり。ぱっつぱつに張っている。指圧しても腹特有の柔らかさを一切感じなかった。タイヤに触れている感覚だった。

 座っているから分かりづらいが、立ち上がったら妊婦のようなぽっこりとした腹になるのではないか。

 暁美は背後に宇宙を背負った。


「……え、カ○ゴン?」

「遠回しにデブって言われてます??」


 空の胃袋の伸縮性能がバチクソに高すぎる。

 暁美の呟きに空は眉を寄せた。

 そんな時である。


 ♪~♪~


「ん?」


 暁美の言葉に何度もウンウンと頷いていた灯子がふと目線を下げる。

 灯子のスマホが鳴ったようだ。灯子はスマホを手に取り画面を見る。そして、「げ」としかめっ面をした。


「ん? どしたの灯子」

「ん~? や、なんでもない。他校の腐れ縁から連絡」

「なんて?」

「……今の彼氏のことで相談したいことがあるから会って話したいって……仁菜(にな)が」

「げ。あいつかぁ……」


 暁美も顔がしかめっ面になった。

 灯子はため息を吐く。

 空は2人の交友関係をよく知らないため、首を傾けた。


「“あいつ”とはどちら様ですか?」

「ん? あ、やしろんは知らないか。二田水(にたみず) 仁菜(にな)。私達と同じ中学の……まあ、元友達? って感じ?」

「はぁ」


 腐れ縁。元友達。

 言葉の端々から関わりたくないという感情が感じられた。

 暁美はジュースを1口飲んで、話を続ける。


「その仁菜って子がま~あ男運なくてさぁ。変な男に引っかかるたびに痛い目を見て捨てられるのよ。……友達だしね、中学の頃は一応忠告はしてたんだけど、あいつ、言い訳するわはぐらかすわで……結局、中卒と一緒に縁切ったの」

「なるほど。それで、そのニナさんから連絡が来たってことですか」

「そ。連絡先消しときゃ良かったかなぁ……」

「今消して無視すりゃいいじゃん。大体今頃相談に乗ってくれとか都合良すぎ。中学の頃散々注意したのにさ」

「……んー」


 灯子は暁美の言葉に生返事をした。何か難しいことを考えているように唸る。

 そして、考えが纏まったのか、スマホを(いじ)り始める。おそらく相手へ返信しているのだろう。


「……困ってるって知っちゃった以上、無視するのはちょっとなぁ。帰りにちょっと顔だけ見てくるわ」

「はあ~あ……灯子ってほんと面倒見良いよねー。私は行かないよー」

「分かってるって。ちょっと顔見たら帰る」


 暁美はやれやれと言うように肩を竦めたが、それ以上何も言わなかった。






*****






「じゃね~やしろん!」

「アデュー!」

「はい。また学校で」


 目的のパフェを食べ終えた3人は、集合した駅前で別れた。

 本当はもう少し町を散策する予定だったのだが、急遽例の旧友の顔を見に行くことにした灯子のために、早めに解散することにしたのだ。

 旧友もこの隣町に丁度来ているらしく、近くのカラオケ店に予約を取っているのだとか。


 灯子は「またなんか奢るね!」と2人に両手を合わせた。

 暁美は「お母さんが丁度近くに来てるっぽいから一緒に車で帰るわー」と手を振った。


 2人に手を振り別れた空は、そのまま振り返らず先にJRに乗り込んだ。

 次の投稿は8月11日、月曜日、0:00です。

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