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べからずさま  作者: 長月 ざらめ
1章 口紅編
14/28

5話の6 普通≠日常

 (うつほ)が家に戻ると、台所から人の気配がした。祖父が起きてきたのだろう。

 それを理解した空はまず自室に向かった。布団を押し入れに収納(なお)そうと思ったのだ。

 朝の騒動で十数分は経っている。湿気を逃がせているだろう。

 自室に敷いている布団をZ字になるように折り畳み、押し入れに突っ込んだ。


 台所に戻ると、やはり祖父の姿があった。

 黒髪と白髪が入り交じった灰色の髪の老人である。背筋はピンと伸びており、背丈が高く肩幅ががっしりとしているので、年齢よりも若々しく見える。

 他者の気配を感じ取ったのか、男は台所の入口に立っている空に顔を向けた。


 鷹のような鋭い目をした、顔に傷のある男だった。

 左頬から額へと続く、がっつりと抉れた傷痕。それを隠すことなく晒している。

 それすら己の化粧へと昇華させられる精悍な顔つきをしており、それに伴う凛とした雰囲気を醸し出している。


 彼は、平地(さかなし) 鷹飛世(たかひよ)

 空の祖父である。


「もうすぐできるから食器を出してくれ」

「何作ってるの?」


 空は祖父の隣に来て、手元を覗き見る。


 炭化した何かがフライパンに乗っていた。料理の失敗特有の焦げ臭い匂いが鼻を刺激する。


 空は遠い目をした。

 空の祖父はダークマター製造機だった。端的に言えば、料理ができないのである。


「玉子焼きだ」

「炭じゃん」

「玉子焼きだ」

「炭だって」

「玉子焼きだ」

「というか私、台所立つなって言ったよね?」

「玉子焼きだ」

「まだ続けるのこの無駄な応酬」


 この人、私を引き取るまで食生活どうしてたんだろう、と思うのはいつものことだった。

 空は息を吐くと祖父を横に押し退ける。


「冷蔵庫からほうれん草のお浸し出して。それと野菜庫からきゅうり。塩かけて軽く揉んで」

「玉子焼きは……」

「虚無斗が喰うからいいよ」


 空は「そいっ」とフライパンをブンと上下に勢いよく振った。

 炭化した玉子焼きは宙を舞い、黒い靄がそれを喰い尽くす。


『なん』『なんか』『じゃりじゃ』『り』『する』

「それはそう」

『ま』『まずい』『にがい』『たべも』『の』『ちがう』

「それもそう」


 だって炭だもの。

 空が同意するように頷けば、祖父が「……すまん」と謝った。蚊でも鳴いたようなとても小さい声だったが、空は聞き逃さなかった。






 空と祖父が向かい合わせの食卓には、和食が並んでいた。

 白米が盛られた茶碗と、昨日の夕食の残りの味噌汁。おかずはだし巻き玉子と塩鮭の切り身を焼いたもの。それにほうれん草のお浸し、きゅうりの浅漬けである。


「「いただきます」」


 2人は手を合わせて、朝食に手をつける。

 黙々と食べ進める2人。食べ終わるまで一切会話がないのはいつものことだった。


「大丈夫だったのか」

「……」


 白米を食べようと口を開けたまま、空は固まった。目だけで向かいの祖父を伺うと、彼は黙々と鮭の切り身をほぐしていた。空の視線を華麗に無視している。目もくれない。

 ……空耳か、と空が白米を口に入れたところで、もう1度空耳が聞こえた。


「今朝、外に出ただろう。大丈夫だったのか」


 空は白米を噛み締めながら、少し考えるように明後日(あさって)の方向に目を向けた。

 そして、白米を飲み込んだ後、頷く。


「うん」

「怪我は」

「ない」

「相手は」

「喰った」

「人か」

「いや?」


 祖父はそこではじめて空に目を向けた。

 空はほうれん草のお浸しに目線を落としており、目の前の視線を無視している。

 さっきと真逆の状況だった。


「相手は怪異だった。友人を呪っていたから喰った。……何か問題でも?」

「……お前、友達ができたのか」

「食いつくとこそこなの?」


 空が顔を上げると、今度は祖父としっかり目があった。

 彼は驚いたように僅かに目を見開いている。そして、「……そうか」と呟いて、それ以上何も問わなかった。


 空は様子のおかしい祖父に首を傾けた。






 朝食を食べ終わり、空は部屋に戻るとスマホのメッセージアプリを開く。

 トーク相手は“ルージュ”――紅朱(ルージュ)である。



────────────────────


〈 ルージュ


うつほ

:おはようございます。休日にすいません。

 呪いのチョコの件は解決しましたので、報

 告です。


────────────────────


 簡潔に纏めて紅朱へと報告した。

 すると、思いの外すぐに既読がつき、メッセージも来た。


────────────────────


〈 ルージュ


ルージュ

:マジ?


ルージュ

:うつぼチャン仕事速いね


ルージュ

:ウケる


────────────────────


 あなたも既読と返信が速いねウケる、と返すべきか、空は少し悩んだ。


────────────────────


〈 ルージュ


ルージュ

:助けてくれてありがと♡


ルージュ

:今度お礼デートしようね♡


────────────────────


「……」


 デート、という単語にも多少驚いたが、それよりも『ありがとう』の単語の方に目が向かった。


 今まで助けた人達に、こうも純粋にお礼を言われたことはあっただろうか。

 すぐに思い出せないのは、感謝よりも畏怖と疑心が混じった目が大半だったからだ。

 除霊なんて、霊を信じていない人からすればただの儀式的なものだ。もしくは頭がおかしくなった狂人や大金を根刮(ねこそ)ぎ奪う詐欺師の戯れ言。


 紅朱も感覚が鋭いとはいえ、視えていない人間だ。

 よくもまあ、嘘を吐いているかもしれないのに純粋に信じられるよなぁ、と空は息を吐く。

 そして、たぷたぷとスマホに文字を打ち込んだ。


────────────────────


〈 ルージュ


うつほ

:あまり遊ぶところ知らないんで、エスコー

 トお願いします。


ルージュ

:いいよー♡


────────────────────


 秒で返ってきたメッセージに空は吹き出した。

 いつものポーカーフェイスが崩れている。

 空は少し目を細めて、感慨深そうに、他愛のない普通のメッセージのやり取りを眺めていた。

 次の投稿は8月10日、日曜日、0:00です。

 よろしくお願いします。

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