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猛暑日だった。
制服のズボンが黒いことが憎らしくなるほどの強い日差し。蜃気楼が遠くで揺らめいている。
僕は背中がびっしゃびしゃになるほど汗をかきながら家路を自転車で走っていた。
途中の自販機でジュースか何かを買わねば生きて家に帰れないという確信があった。
自転車を脇に止め、財布から小銭を取り出す。熱に茹だった頭は50円玉と100円玉の見分けが着いていなかったらしい。しかも落とした。
「...ついていない」
自販機の下に転がった小銭をやっとの思いで拾い集め、ボタンを押す。
ガコン、と転がり出たよく冷えたコーラを手に取り、僕は顔を上げた。
自販機が消えた。
代わりに豪奢な建物の中にいた。見慣れた道は何処へ行ってしまったのか。
周りには三人の男女。サラリーマン風の男性とOLに見える女性。それからセーラー服の女の子だ。
彼らはまるで見知らぬ場所にいきなり来てしまったかのように辺りを見回している。...セーラー服の女の子と目が合った。僕が彼女に声を掛ける前に、
「おお、異世界から召喚されし、勇者達よ!」
僕らから離れた玉座から声が掛かった。
玉座に座る王様(仮称)は続ける。
「我らの呼び掛けによくぞ応えてくれた。礼を言おう。」
呼ばれた覚えがないんだけど。僕だけ呼ばれてないなんてことはないよなと思ってチラ、と他三人の顔を見た。見た感じ、心当たりは無さそうだった。
「まずはそなたらの名を伺いたい。」
「では私から名乗らせていただきます。」
サラリーマン風の男性が声を上げた。白髪の混ざるロマンスグレーのおじさんだ。彼は品のあるよく通る声で、
「マジカル☆ウィザードプリンセス~二期決定~と申します。」
「えっ?」
思わず声が漏れた。
SNSか何かのハンドルネームか?
絶対本名じゃないだろ。
知らない人は知らないだろうが、マジカル☆ウィザードプリンセスは日曜日の朝に放送されている女児向けのアニメだ。最近放送され始めたのにも関わらず、なかなか人気があるようでショッピングモールに行くとおもちゃコーナーにマジカル☆ウィザードプリンセスの玩具が売っているのをよく見かける。
というか二期決定したんだ。
僕にはマジカル☆ウィザードプリンセス~二期決定~さんのピシッとしたスーツの背中しか見えないが、きっと彼を正面から見たらなんの偽りのない澄み渡った瞳が見えただろう。
そう思わせる立ち姿であった。
「では次は私が。」
OLだろう女性が立ち上がった。
彼女は
「春はあけぼの やうやう白くなりゆく山際 少しあかりて」
待って欲しい。
大喜利が始まるなんて聞いていないぞ、僕は。
彼女は続ける。
「夏は夜」
どこまで言う気なのだろうか。と考えてふと、気づく。
もしやこれは後続の僕たちに考える時間を作ってくれているのではないか?自分が何と名乗るかを。
確かに得体の知れない王様(仮称)に本名を名乗るのは少々リテラシーがなってないのかもしれない。だからといって名前でふざける必要はないんじゃないのか。
冬の章を彼女が読み終えた。
「本当はもっと長いのですが、あまりお時間を取らせるのも申し訳ないので略称でお願い致します。」
「う、うむ」
王様(仮)は明らかに困惑していた。
次の段、暗唱できるのだろうか。
...隣のセーラー服の女の子を見る。彼女は俯いており、準備ができていなさそうだった。
ならば。
「僕は...」
一瞬の迷いに周囲の視線が突き刺さるのを肌で感じた。
「シャイニングコーラと申します」
...僕は本当にダメなやつだ。ここでギャグに走れず、ただ手元にあった新発売コーラの商品名を読み上げただけになった。
しかし、王様(仮称)はなんかまともそうな名前の奴が来たな、といったような安心した表情を浮かべた。
すみません、それは商品名です。
「わ、私はっ」
隣の女の子は緊張で裏返った声を出した。
「プ、プリン・アラモード、です」
...よく見れば彼女の手元にはプリンの空き容器が握られている。なるほど。
プリン・アラモードさんは「言った!言い切った!」という表情を一瞬した後、気恥しそうにまた俯いてしまった。
「...うむうむ。感謝しよう。儂はキューチュ国の王。ゴイス・デラ・キューチュである。貴殿らをキューチュ国は歓迎する。」
それが僕らの異世界との初対面だった。
勇者、と呼ばれた辺りで察しは着いたかもしれないが、僕らは魔王を倒して異世界を救うことになったのである。
...このふざけた名前で。






