教えて、私の最後の晩餐
「また、奥様が体調を崩されたそうよ。」
「ただ、夜会に出たくないだけでしょう。見た目が良くなくて愛想もなくて、旦那様も可哀想だわ」
使用人たちのそんな言葉ももう、何度も聞いてきた。
見た目が良くない?知っているわ。あなたたちが、私と出会う前からずっと。愛想がない?今更、何を言っているの?私から歩み寄れば逃げていくくせに。
辛い、泣きたい、、、、、死にたい、、、、。
テーブルの上に置いてある果実ナイフを持つ。だけど、どうしても手が震えて上手く扱えない……。喉を切れば、心臓を貫けば、すぐに死ねるのに。こんな切ない思いをしないで済むのに……。なんで、、どうしてよ、、
ようやく胸の高さまで上げた刃を喉に突き立てる……
薄らと切れたようで、血が静かに流れ首をつたっていく。深くもっと深く……刺していきたいのにこれ以上、深く刺さっていかない……
どうして、生きたいって身体は思うの??
きっとこれは、恋を、、貴方を愛した、私のせい。
なら、少しだけ、もう、少しだけ。
この世界に居させてください。
私、フェリシア・ルチアーノはしがない男爵家で生まれ育ち、貴族学校に通っていても勉強は人並みで見た目も普通だ。これと言って特技や自慢もない。御伽噺ではきっと主人公と同じクラスのモブでしかない。
そんな、生活を送っていたのに。貴方が目の前に現れた。
「レディ、私と一曲だけでいいので踊ってくれませんか?」
そっと出された手に手を置いたときから運命が動いた気がした。貴族学校の卒業パーティで壁の絵画のように動くことのなかった私に話かけてくれてダンスまで踊ってくれて。そのときだけ、ヒロインになれた気がしたの。貴方のおかげで。18歳の少女が恋するのに十分すぎる時間だった。そこから、王立の図書館の司書として働いていれば貴方が熱心に本を読む姿を見つけて、本が好きなんだなって少し嬉しくなってさりげなく貴方のよく読む本がある棚に同じ作者で、私の好きな作品を置いてみたりしたら手にしてくれた。心の中でガッツポーズをしてしまった。そんなところを貴方が見ているなんて思っていなくて。
「この本はあなたのオススメですか。」
「はい。よくこの作者の本を読んでいらっしゃるから。たまにはジャンルの違うタッチも違う本を読んだらもっとこの作者を好きになるのではないかなって」
「あなたはこの作者が好きなんですか?」
「はい、大好きです!!」
大好きです!!……この作者の本も。貴方のことも。
「そうですか」
静かに笑う貴方の顔に私は顔を真っ赤にさせられた。
すっかり常連になった貴方と言葉を交わせば思考が似ている、趣味が似ている、、、お互いを好いている。
つり合うわけないと思っていたのに、強引に話を進め
婚約にこぎつけた。一からまた、マナーを学び直し伯爵家夫人として貫禄を持ちなさいなんて、私には出来ない。苦しい教育だけど、貴方のためならって思うと元気が出てきた。段々と姑にも認められて一緒にお買い物に出かけたり貴方に褒められるとまた、顔を赤くさせてしまうの。結婚式のときもお互い緊張して、指に約束を嵌めて、震える唇に永遠を乗せた。
「一生をかけて君を幸せにするよ」
「はい。私も一生をかけて貴方を支え続けます」
…………
「ここの部屋は、僕たちの子供部屋だよ」
「まぁ、気が早いこと」
「うん。いつか生まれてくる我が子のために準備は早くしなきゃと思ってね。でも、乳母の件はまだ決めてないんだ、」
「そうなの?貴族って乳母が……」
「僕は、君と二人で子供の成長を見たい。仕事も勿論するけど、君との子供だ。他人に任せられないよ」
「そうですね。私も少し心配なところがありました」
「じゃ、僕と二人で子育てしてくれるの」
「はい。母親の仕事ですから。でも、父親の仕事も大切ですよ?」
「そうだね。早く書類を片付けられるように今から頑張らなきゃな」
そう言って近い未来を夢見ていた、あのとき。
だけど、崩れていく幸せ。
結婚から5年……妊娠の兆しが見えない。
いくら同じ夜を過ごしても、私たちの元に子供は来ない。貴族の貴方は、子供を残さないといけない。子供のできない女に興味はない……。点と点が繋がった気がした。答えならもう出ているから。開くことの無くなった扉がそこにあるから。貴方の温もりがもう随分と帰って来ない布団を今日も抱きしめて一人眠っている。
もう、疲れた。
貴方を待つ、希望を持つ私に。
ガチャッ
「奥様、お食事の用意ができていますよ、」
「ごめんなさい、いらないわ。」
「もう、何日も果実水だけでは身体に負担がかかります!だから、固形物を取るべきです」
この屋敷の中で唯一、私のことを心配してくれる侍女
アイネ・ウォーカー。
「心配しなくていいわ。寝れば治るもの。」
「え、、」
「寝れば、寂しくなんてない。お腹なんて空かない。」
「奥様、、」
「わかったら早く、ドアを閉めて頂戴。」
「いえ。今、奥様を一人には出来ません!奥様は一人ではありません!!私も旦那様もいらっしゃいます!」
「どこにいるというの?もう、何日も帰って来ていないでしょう。私なんかみたいな役立たずとは一緒に居られないわ!あなたたちもそう思っているくせに。もう、いいわ。私に情けをかけないで!お願いだから
一人にしてよ。私を、、、殺してよ、、、」
「奥様、そんな言葉を言ってはいけません!あなたはあなた様はこの伯爵家の夫人ですよ!気高く導いてくれるそんな存在なのですよ」
「どこを変えれば、見れば、気高くみえる?どこを変えれば旦那様とまた一緒に居られる?」
この問いかけに答えなど存在しない。伯爵家の夫人なんて所詮、ただの肩書きでしかないのに。なりたくてなったわけでもないの。ただ、貴方に恋をして愛を知って、貴方に愛されたいと願ってしまっただけなの。
気高く導いてくれる存在?そんなかっこいいことなんて何もしてない。ただ、愛されたくて、そのためには、仕事をして、褒められたい。そんな下心があっただけ。もっと好きになってもらいたかっただけなの。そうよね、侍女たちにはそう見えても仕方ないわよね。
「それは、」
「答えなんてないわよ。最初から。私を選んだ旦那様と旦那様と歩むことを決めた私の人生最大の間違いよ。」
「奥様」
「ごめんなさい、、」
私は座っていたベッドのシーツから立ち上がりドアの方へと近づいた。そっと見えた景色は、廊下に広がる鮮やかな花たち。もう、春が近い。きっと旦那様は新しい花嫁を迎える準備をしているのだろう。いつ出て行けばいいのかな?この夫人部屋もとっとと変えたいよね。
ガチャンッ
「奥様!!」
同時に二つのドアが閉まった音が聞こえた。
また、ベッドに吸い寄せられるように歩いて行けば
全身から力を抜いて倒れてみれば、優しく受け止めてくれる。月明かりに手をかざしてみれば左手の薬指に輝く銀色の指輪。そっと抜いてみれば自由になれた気がした。どっと重りが無くなった。
こんなもんだったのか。私の貴方への想いは。
夜が更けたころ……突然、目が覚めた。
もちろん、部屋には私だけ。
昔、母に読んでもらった絵本には王子様が居た。
お姫様が寂しくて泣きそうなとき、そばにいて、涙を拭って手にキスを落とす。
これもまた、御伽噺である。
ガチャッ
「え、、」
「起きていたのか」
「いえ、少し早く目が覚めただけです」
「泣いたのか」
「いえ、泣いてなんかありません」
「あなたはずっと強がりだな。」
「私と居ていいのですか。」
「どうして?夫婦が同じ部屋に居て何が悪いんだ?」
「貴方には、、もう、別の誰かがいるのではないのですか?」
「は?」
「廊下の装飾や侍女の様子を見れば分かります。賑やかな雰囲気は私には不釣り合いです。」
「いや、あれはだな……」
貴方の沈黙が、、空白が、、大嫌いだ。
優しい貴方は私を繋ぎ止めようとしてくれているのは痛いくらいにわかっている。けど、その優しさを私は私なりの優しさで否定してあげないとあなたが可哀想になってしまう。言葉って数多の優しさの集まりだと思うの。
だから、
「言い訳は聞きたくありません。」
これでいいの。これじゃなきゃだめなの。
「え、、あ、その指はなんだ。なんで、指輪を付けていなんだ!?」
私の薬指から無くなった指輪に気づいたらしい。
痛いくらいの視線を感じる。
「私の気持ちは、貴方から離れました。心の中も何もありません。貴方の愛で満たされたこの器には何もないのです。」
「また、満たせばあなたは帰ってきてくれるのかい」
「いえ。決してそんなことはありません。」
「わかった。」
旦那様は、私の指輪を手に取るとこの部屋から出ていく。
数日後……王家から紋章が入った封筒が届いた。
その中には、私、フェリシア・レイナスとベルアイト・ルチアーノの離婚承諾書が入っていた。
涙さえも乾ききっていた関係だから、もういいのだ。部屋の真ん中に立って承諾書を見ていると部屋の中では侍女たちが私の荷物を整理して持ち出していく。
その姿を追って窓から見ていれば実家の方向に向いている馬車に積んでいく。最後の荷物が積まれた。私の実家までは、3日かかるため朝早くから出るため今夜まではこの家にいることになる。もう、帰ってくることはない。
「奥様、お食事が出来ました」
「はい。」
しばらく部屋から出ずにベッドの住民と化していたため久しぶりに歩いたら振らつくばかりで杖を持たされた。
コツコツと音を鳴らしながら歩く廊下は、やはり私には不釣り合い。ここには、何を飾るんだろう?
中身の無い、額縁だけ飾られた壁。
きっと、新しい奥様との姿絵になることだろう。
「来たか。」
旦那様、、、どうして、、、。
「最後くらい、一緒にあの時のようにテーブルを囲んでもいいじゃないか」
「私はずっとあなたを待っていました。ここで、どんなに遅い時間になっても。ただ、帰ってくると信じて。でも、あなたは帰って来なかった。いつしか私は諦めるようになりました。期待しても無駄だと。だから私はあなたの愛を全てを諦めました。」
これが、最後だ。
思ってること、考えてること。
全部、言ってやろう。
「だから、あなたも早く私を忘れてください。
子供も産めない、役ただずの元妻のことなんて。」
そこからあなたも私も一言も話さずに夕食を終えた。
何も無くなった部屋を眺め、眠りにつく。
朝、あなたの見送りもなくこの屋敷を去った。
そこからは、実家で療養生活である。とくに精神面の。精神面からくるストレスで弱りきった身体にフルーツを入れていく。最初は少量で段々と数を増やしていく。こんなに味を感じるのは久しぶりだ。
「死にたいと思ったことがありました」
「それは、フェリシア様……。」
古くから私を診てくれていたお医者様のガルは、私のカウンセラーもしてくれている。なんでも相談できる数少ない相手だ。
「でも、。いや、なんでもありません。」
「確か、お父様が夜会への招待状が届いたと聞きました。行かれるのですか?いや、行きたいですか」
「いえ。行きたくありません。」
「そうですか。」
頑なに拒否の言葉を放ち、語彙を強くする私に戸惑った表情を見せるガル。
「フェリシア様の心の病は、きっと前の旦那様であるベルアイト様が関係していると思うのです。だから彼と……」
「彼には、もう、新しい人が居るのですよ?」
「そんな話は聞いたことがありません」
「私はあの家に居たのです。私の方があの家の事情について知っているのです。いくらガルでも今回のことだけは私の方が正確です」
「フェリシア、どうか一回だけでも」
「お父様?どうして、離婚したばかりだと言うのに。私を笑い者にしたのですか?あれが捨てられた女だと?子どもさえ産むことの出来ない、病弱な元妻だと?!」
「違うんだ!行ってみればわかる!あの場にお前の敵はいないんだ!!」
「一回だけです。」
…………強く言われてしまえば断れないという私の本質を見抜かれていた。まぁ、よく覚えてること。
そこから3ヶ月後。
細い身体には、ほんの少し肉が帰ってきてふっくらと
した身体と安定し出した体調。ストレスのせいで、不安定になっていた生理も順調に予定日に来るようになっていた。サイズが合わなくなっていたドレスも着れるようになり、ベルアイト様がプレゼントしてくれたドレスを纏い鏡の前に立つ。けど、このドレスで夜会に行くわけにはいかない。未練がましいや相手に失礼だ。仕方がなく新しいドレスを仕立ててもらいその足で夜会会場である王城へと向かった。
久しぶりに見る、噴水。
久しぶりに嗅ぐ、グリーンローズの香り。
久しぶりに見る、ベルアイト様の姿。
あれ、少し背が伸びたのかしら。いや、もう、25の男性だ。伸びている可能性もあるが、学生時代のように一気に伸びるということは少なからずないだろう。隣に可憐な女性がいた。きっとあの人が新しい人だ。
見たことない顔だ。他国の貴族令嬢の可能性もある。私とは、全然違う守ってあげたくなるような人だ。二人が会場内で多くの方と挨拶をしている姿を少し見たあとワインの入ったグラスが並ぶテーブルに手を伸ばし口に運べば、頭のモヤモヤが薄れていく。
気疲れもあるのだろう、酔いが回るのが早い。少し会場を離れよう。
ガゼボまで、歩いていくが誰も私を見ていない。いや、私なんかいない者とされている。心地が良い。それでいい。ベンチに座りもう一口、ワインを飲む。
「このまま、消えていければいいのに」
「それは、困るな」
声のする方を見ればさっきまで、会場内に居たはずの
「どうして、ベルアイト様がいるのですか?」
彼が居たのだ。
「もう一度、君に結婚を申し込もうと思ってね」
月明かりに照らされた顔は、決意に満ちていて獲物を逃さないと言わんばかりだ。
「私には、子どもができません。貴族であるあなたの妻としては致命傷でしょう。だから子どもの産める健康的な女性が望ましいはずです。」
「こどもなんて養子でも迎えればいいじゃないか。君の体が弱いなんてわかっていたことだ。だから無理をさせないと誓っただろう。子どもがいなくても君といるだけで、俺は」
「一緒になんていなかった。あのときの晩餐が、結婚式以来のともに夕食を食べた時間でした」
「それは、話すと長くなるんだが、もういい。すべて打ち明けよう。まず、第二王子の執務官として各国の視察に同行していた。家にいない期間が長かった理由はそれだ。帰って来るのが遅い理由はな、王子の書類の訂正や整理に、これは、俺がしっかりと見ていなかったのが悪いんだ。君にかっこいい姿しか見せたくなかった、プライドが君の心から俺を離してしまう原因を作ってしまった。」
「あの女性は?夜会で一緒にいた、、」
「あの人は、私のいとこで今度、こちらに引っ越してきてアーゼリアン伯爵と結婚するんだ。今夜の夜会ではアーゼリアン伯爵が少し遅れると言っていたから来るまで一緒にいただけだ。あとは、伯爵へのプレゼントを買いたいと言うから街へ連れて行った。多分、その姿を侍女たちに見られ、君に伝わってしまったんだな。」
「廊下のあの花は?」
「君の体調が良くなって部屋に籠もってしまっていたから驚かそうと思ってな」
「全部、私の勘違いだったのですね」
「それに、、」
ベルアイト様は、首に下げていたネックレスを私に見えるように服の中から出す。そこには、指輪が2つかかっていた。一つはベルアイト様の。そして、もう一つは私の物だ。
「離婚してしまったから薬指に通すことは許されないと思ってネックレスならいいかなって」
不安げな瞳が私を見つめる
「あのあと、後悔しかしていない。だから何度もレイナス男爵の元に通ったよ。何度追い返されても君への思いは変わらなかった。最終的に折れてくれて今回の夜会にも君が来るように説得してもらってね。」
「そうだったんですね」
「ごめん。遅くなったけど、俺はまだ、いやこれからも君だけを愛してる。俺の手を取らない方が君が幸せになると思うし君が他の男と寄り添っている姿を見ると苦しくなるけど、でもそれでいいと思ってる。影からでも君の幸せを願わしてほしい。わがままだけど、、君をフェリシアを幸せにしたかったのは本当だ」
「最後の晩餐は、ブルギニョンがいいわ。」
「フェリシア、、」
「ベルアイト様にはもう、期待もなにもしませんが、一緒にいたいと思う気持ちは私もです」
ベルアイト様は、涙を溜めて私を己の腕の中へと閉じ込めた。二度と離さないと言わんばかりに。
やがて、ドレスが少し濡れたような気がして顔を上げると焦ったようにハンカチを取り出して拭いてくれるベルアイト様。でも、そのときは涙で滲んでいた。私も溜めていた涙が溢れたが、貴方が笑うからつられて笑う。
「これじゃ、カッコがつかないな」
「そういうところも貴方らしいですよ」
「すまない、濡らしてしまって」
「いえ、別に高くありませんから」
「今度は、俺の選んだドレスを着てくれますか?」
「もちろんです」
「では、戻ろうか」
「そんなに目を腫らしてですか?」
「だって、、俺は」
「俺は?私はではなく??」
「君といる時は素の自分でいられるから。そう出てしまう」
「そうですか。」
「やっぱり、君は笑った顔が似合うな」
「貴方もですよ」
ふふと顔を見合わせて笑うと少しかがんでベルアイト様は私にキスをする。
そして、二人で手を繋いでガゼボを歩いていく。会場には戻らず、わたしたちの家に帰ることにした。
次の夜では、お揃いの指輪をした男女がこれから生まれてくる命に感謝してグラスを合わせた。
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