第九十五話 喰らう者の証明
アレンは自らを喰らい、完全獣化を解除した。
しかし、それは単なる弱体化ではなかった。
"喰う"という行為の本質に迫る、新たな戦いが幕を開ける——。
「……お前は、何になろうとしている?」
アルデンが静かに言葉を漏らす。
アレンの輪郭は曖昧になりながらも、そこに確かに"いる"。
だが、その存在は以前とは決定的に異なっていた。
「……何者でもない、というのか?」
アルデンが手をかざすと、黒い霧が渦を巻きながらアレンへと押し寄せる。
だが——
シュウウウ……
霧が、アレンの周囲で無力化されるように霧散した。
「俺の影が……お前に触れられない?」
アルデンの赤い瞳が僅かに揺れる。
「喰うことすら……拒絶しているのか?」
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アレンは、ゆっくりと拳を握りしめた。
視線を下げ、自らの手を見つめる。
そこには、これまで幾度となく敵を喰らい、その力を奪ってきた自分がいた。
「……俺は今まで、喰うことで力を得てきた」
モンスターを喰えば喰うほど、俺は強くなる。
そう思っていた。
だが、強くなったんじゃなかった。
むしろ、強くなることで自分が自分でなくなっていくような感覚があった。
ヴォイド・リーヴァーの力を喰らってから、違和感はさらに増していた。
力が増すたびに、自分が何かに浸食されていく感覚。
「俺は喰ったつもりだったが、喰われていたのかもしれない……」
拳を握る力が、わずかに強くなる。
違和感が、確信へと変わり始めていた。
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「それが、この力の正体だ」
アルデンは静かに言う。
「喰らい続ければ、力は手に入る。
だが、それはお前の力じゃない」
「喰えば喰うほど、お前の中の何かが変わっていく」
「いずれ、お前も自分ではない何かに飲み込まれる」
霧が揺らぎ、アルデンの赤い瞳がさらに深い色を宿す。
「俺は、それを受け入れた」
霧が濃くなり、周囲を覆い始める。
まるで、自分こそが"喰うことを受け入れた完全な存在"であるかのように。
「お前も、いずれ——」
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「違う」
アレンは静かに拳を握る。
「俺は、喰われる側にはならない」
アルデンが僅かに目を見開く。
「お前が言うように、俺はこれまで借り物の力を喰ってきただけだった」
「だが、それじゃあ結局、俺の力にはならない」
風が吹き抜けるように、アレンの存在が揺らいだ。
彼の周囲の空気が変わる。
「だったら——"俺自身"を喰えばいい」
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「喰うっていうのは、ただの力の取り込みじゃない」
アレンは、拳を握る。
「俺は俺だって証明する行為なんだ」
アルデンは目を細めた。
「お前は……自分の存在を喰らった……というのか?」
アレンが静かに頷く。
「そうだ。俺自身の存在を証明するためにな」
霧が渦巻く中、
アレンは静かに目を閉じた。
確かに感じる。
今、自分の中に確固たる"何か"が生まれた。
「……これは」
内側から湧き上がる感覚。
今までとは違う——これは借り物の力ではない。
どんな力でもなく、ただ俺であるという実感。
自分は今まで、喰うことで強くなってきた。
しかし、それは外部の力を取り込む行為だった。
その結果、気付かぬうちに喰われ、喰うことの意味を見失いかけていた。
——だが、今は違う。
「俺は俺だ」
アレンが静かに呟く。
それだけで、周囲の空気が変わった。
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アルデンが霧を操り、アレンを包み込もうとする。
「お前が何をしようと……存在を消す力の前では——」
だが——
霧が届かない。
「……?」
アルデンの目がわずかに揺れる。
霧はアレンに向かって伸びていた。
だが、触れる前に消えていく。
違う——弾かれたのではない。
そもそも、霧がアレンの存在に干渉できていない。
「これは……?」
アルデンが手をかざす。
霧の波が押し寄せる。
しかし、アレンの周囲に入った瞬間、まるでそこに空白があるかのように、霧は存在を留められず消えていく。
「俺は……この世界に"確定"した」
アレンがゆっくりと目を開く。
「……何を言っている?」
アルデンの声が静かに震えた。
「消せるはずだ……この霧は存在そのものを消す力。
この世界の理にすら干渉できる力……」
「消せるものはな」
アレンは前へ歩を進める。
「けど、俺は消えない」
「そんなことが……」
アルデンの霧が、なおも押し寄せる。
しかし、それでもアレンには触れることができない。
「存在が固定された……?」
ヴァルガスが呟く。
「喰うことによって曖昧になっていた存在が……自分を喰ったことで確定されたのか……?」
「そんなものが……本当に存在していいのか?」
アルデンの表情が、初めてわずかに恐怖を滲ませる。
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「喰えない……」
アルデンの指先が震えた。
「喰えないだけじゃない……消すこともできない……?」
アレンが拳をゆっくりと握りしめた。
その動きが、世界の流れを変えたかのようだった。
「俺は"喰う者"でも"喰われる者"でもない」
「俺は"俺"だ」
霧が激しく渦を巻く。
アルデンの力がさらに高まる。
だが、もはや——
その霧は、アレンに届かない。
戦場が、一瞬の静寂に包まれた——。
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アレンは"自分を喰う"ことで、世界に確固たる存在を刻み込んだ。
アルデンの"存在を消す霧"ですら、アレンに干渉することができない。
"喰う"と"喰われる"の概念が崩壊する中、戦いは最終局面へ——!!




