第六十五話 最強の騎士、迫る
処刑場からヴァルガスを救出したアレン。
しかし、貴族たちの怒声が飛び交い、追っ手が動き出す。
その中で、たった一人静かに歩みを進める者がいた。
王国最強の騎士、アルデン。
逃亡の中で対峙する二人。
この戦いを制するのは——。
「逃げるぞ!」
アレンはヴァルガスを肩に担ぎ、屋敷の屋根を駆け抜ける。
処刑場は混乱に包まれ、貴族たちの怒声が飛び交っていた。
「今すぐ城門を封鎖しろ!」
「衛兵は逃走経路を塞げ!」
「アルデン様、奴を……!」
アレンは軽く舌打ちをする。
「こんな騒ぎになるとはな……」
ヴァルガスは肩の上で呻く。
「おい……本当に逃げられるのかよ……」
「やるしかねぇだろ」
その瞬間、空気が変わった。
地面が揺れるわけでもなく、衝撃波が走るわけでもない。
しかし、何かが「そこ」にいるだけで、全てが支配されるような圧が広がる。
「……ッ」
ヴァルガスの顔が青ざめる。
アレンも無意識に拳を握った。
処刑場の中央。
まるで風が止まったかのように静まり返ったその場所に——
アルデンが、ただ立っていた。
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貴族たちは口々に叫ぶ。
「アルデン様! どうかあの賊を!!」
「奴を逃がしてはなりません!!」
しかし、アルデンは彼らに応えることはなかった。
静かにアレンを見据える。
表情は一切変わらず、ただそこに「いる」。
アレンは奥歯を噛みしめた。
「……ヤバいな」
獣化した右腕が微かに脈動する。
敵の力量が読めないことは何度かあった。
だが、ここまで「不明瞭」な相手は初めてだった。
普通なら、相手の動きや血の流れを見れば、どの程度の強さかはすぐにわかる。
だが、アルデンにはそれがまったくない。
まるで、そこに「空白」があるかのように——。
アレンはヴァルガスを降ろし、真剣な表情で言う。
「ヴァルガス、お前は逃げろ」
「は……? ふざけんなよ、てめぇ——」
「こいつを相手にしながら、お前を担いで逃げるのは無理だ」
その声には、一切の迷いがなかった。
ヴァルガスは苦悶の表情を浮かべたが、すぐに拳を握りしめる。
「……死ぬなよ、アレン」
「お前こそ、さっさと消えろ」
ヴァルガスが屋根伝いに去っていくのを見届け、アレンはゆっくりとアルデンに向き直る。
「……さて、こっからが本番か」
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アルデンは静かに歩を進める。
その足音が響くたび、周囲の衛兵たちが一歩、また一歩と後ずさる。
たった一人の男が、軍勢よりも圧倒的な威圧感を放っていた。
アレンは一歩前に出る。
「……お前が、ここで俺を止めるってわけか?」
アルデンは答えない。
ただ、静かに剣を抜く。
刃が陽光を反射し、わずかに輝く。
「……ッ!!」
その刹那、空気が張り詰める。
剣の切っ先がわずかに動いただけで、まるで空間が裂けたかのような錯覚を覚える。
アレンは右腕の爪を鳴らし、不敵に笑った。
「——いいねぇ、やっと面白い相手が来た」
次の瞬間、アレンは一気に跳躍した。
「ハッ!!」
振り下ろされる獣の爪。
しかし——
衝撃が弾けた。
アレンの攻撃が、アルデンの剣に受け止められている。
しかし、その剣は、まったく揺るがなかった。
「……ッ」
まるで、大地そのものと戦っているような感覚。
アルデンの剣は、完全に「無の境地」にあった。
アレンは即座に距離を取る。
「……さすがに、一筋縄じゃいかねぇか」
アルデンは一歩、前に出る。
そして——
「……来い」
たった一言だけ、口を開いた。
アレンの口元が、不敵に歪む。
「言われなくても……」
——この瞬間、最強の戦いが始まる。
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ヴァルガスを逃がし、アレンはついにアルデンと対峙する。
獣化した右腕で仕掛けた一撃を、アルデンは微動だにせず受け止めた。
これまでとは次元の違う強敵——アルデンとの戦いが、今始まる。




