第六十話 再生する巨獣
バロッグ・タイラントの圧倒的な耐久力と膂力を前に、アレンの攻撃はまるで通じなかった。
しかし、ただの力比べでは勝ち目がない。
相手の特性を見抜き、戦い方を変えるしかない。
バロッグ・タイラントの巨体がゆっくりと動き出す。
その目は、赤く光を宿しながら、まっすぐアレンを見据えていた。
アレンは拳を握り直しながら、冷静に状況を整理する。
「まともに殴っても、皮膚が硬すぎて通らない……」
「力も速さも、俺より上……」
「それだけじゃない。こいつには、まだ何かあるはずだ」
ならば、まずは試すしかない。
アレンは腰に差していたナイフを抜いた。
血抜き槍はない。これが唯一の武器だった。
「これで、どこまで通じるか……」
アレンは一気に距離を詰め、渾身の力を込めたナイフ突きを繰り出す。
狙うは脇腹。
筋肉の塊であるこの巨獣でも、内臓に近い部分ならばダメージを与えられるはず。
「喰らえ!」
刃がバロッグ・タイラントの皮膚に突き刺さる——が。
「硬ぇ……!」
手応えがまるで違う。
刃は辛うじて肉を抉ったものの、その抵抗感はまるで岩を貫くようだった。
次の瞬間——
ボロリと、ナイフの刃が折れた。
「……マジか」
アレンは驚愕しながらも、すぐに敵の様子を観察した。
バロッグ・タイラントは痛みを感じたのか、一瞬だけその動きを止めた。
「……効いたか?」
しかし、次の瞬間。
アレンは息を呑む。
「……傷が……消えた?」
バロッグ・タイラントの脇腹にできた傷口が、ゆっくりと塞がっていく。
「再生能力……」
アレンの脳裏に、警鐘が鳴る。
「こいつ……攻撃しても、無駄ってことか?」
皮膚の異常な硬度だけではなかった。
バロッグ・タイラントは、自らの肉体を修復する能力を持っている。
「……ふざけんなよ」
アレンは歯を食いしばる。
この化け物を倒さなければ、ヴァルガスを救うことはできない。
しかし、普通に戦えば勝ち目はない。
「なら——」
アレンは素早く次の一手を決めた。
「防御が薄いところ……関節の裏だな」
バロッグ・タイラントが再び拳を振り下ろす。
「遅い!」
アレンは紙一重でそれをかわし、敵の膝裏へと回り込む。
「これなら……!」
跳躍し、貫手を突き込む。
皮膚は硬いが、関節の裏は比較的柔らかい。
「喰らえ!!」
指先が肉を貫く感触を得た。
次の瞬間——
バロッグ・タイラントの膝が沈む。
「……効いた!」
アレンはすぐさま、次の攻撃へ移る。
「このまま一気に……!」
跳躍し、バロッグ・タイラントの耳の穴を狙う。
「ここなら……!」
手を突っ込み、内部を破壊する。
バロッグ・タイラントが大きく吠えた。
その巨体が、膝をつく。
「よし……!」
しかし——
「……!!」
次の瞬間、アレンの視界が激しく揺れた。
「しまっ——」
振り上げられた拳が、アレンを捉える。
「ぐっ……!!」
衝撃が全身を襲う。
数メートル吹き飛ばされ、木々をなぎ倒しながら転がる。
視界がぼやけ、肋骨がきしむ音がした。
「……クソッ……!」
ようやく立ち上がるが、激痛が全身を駆け巡る。
「……今のが直撃してたら、即死だったな」
バロッグ・タイラントはゆっくりと起き上がる。
しかし、先ほどとは違い、足元がふらついている。
「まだ、平衡感覚を取り戻せていない……?」
アレンは息を整えながら、敵を観察した。
「皮膚の傷は一瞬で再生したが……平衡感覚はなかなか戻らないみたいだな」
神経へのダメージは、再生に時間がかかる。
「……ってことは、こいつの弱点は、神経系か」
アレンは確信する。
しかし——
「問題は、ここからどうするか、だ」
確かに、平衡感覚を奪うことはできた。
だが、それだけでは決定打にならない。
「どうすれば、この怪物を仕留められる?」
神経を攻撃し続けることで、完全に機能不全にできるのか?
それとも、再生能力の限界を超えさせるべきか?
「……ここからが、本当の勝負か」
アレンは拳を握り直した。
バロッグ・タイラントも、まだ終わってはいない。
バロッグ・タイラントの異常な再生能力を目の当たりにしたアレン。
しかし、神経系のダメージは即座に回復しないことが分かった。
この戦いに勝つためには、さらに敵の特性を見極める必要がある。




